ーあの子に会う日はいつも暑かった。

どんなオモチャの中でもボールを必ず選ぶほど、俺は小さい時からボールが好きだった。小学校にあがりミニバスのチームに入ると、俺の生活はバスケ中心のものとなっていった。歳を重ねるごとに俺のバスケ愛は強まり、勉強<<<バスケくらいのバランスの中学時代を過ごしたんだ。ただ上手くなりたい一心で俺は自主的に朝練を始めたけど、しばらくするとなぜか体育館に女の子が集まることが多くなった。ただ朝練をしてただけで差し入れを貰うことも増えた。それをよく思わない先輩たちからは有り得ないほどきついメニューをこなせと言われたり、試合中パスを出してもらえなかったりしたけど、そのおかげでメンタル面も鍛えられてバスケの実力はアップ、俺は部のエースに。充実したバスケ生活を過ごした。

勉強が大の苦手だった俺も頑張ってなんとか高校に受かり、当たり前のようにバスケ部に入った。高校は中学の時よりも更に上手い奴ばかりで、毎日が刺激的。負けず嫌いな俺はエースになりたくて今まで以上に練習を頑張ったけど、やっぱりたくさんの壁が立ちはだかってきて...。高校2年の春、ひとつ下に天才と呼ばれる後輩が入ってきた。そいつの名前は志賀 隆太(しが りゅうた)。志賀と出会ってから、俺はずっと志賀を意識し続けた。それともう1人、意識し始めた後輩がいた。南 沙彩(みなみ さあや)。それがその子の名前だった。サッカー部のマネージャーのその子は、いつも一生懸命で見ていて応援したくなるタイプの子だった。ただ、皮肉なことに志賀と南は幼馴染だった。


夏休みのある日。あの日は最高気温36度の猛暑日で、部員たちもバテ気味だった。
「よし、休憩!」
コーチの一声で一斉にドリブルの音が止む。
「近藤(こんどう)先輩、もう疲れちゃったんすか?」
志賀がボールを片手に近づいてくる。
「は?」
「ふふっ面白いっすね」
意味深な笑みを浮かべると志賀はいきなり走り出し綺麗なレイアップを決めた。志賀のこういう所、気にくわない。少しイラッときた俺はため息をつき、タオルを冷やしに外に出た。水道に向かう途中に広場の前を通ると、自販機に向かう南の姿を見つけた。その後ろ姿はとても落ち込んでいるように見えた。
(どうしたんだろう...?)
いつの間にか俺は南の真後ろに立っていた。風にのってふわっと香る柔軟剤の香り、小麦色の肌、首から下げたストップウォッチに貼られたハートのシール。ああやばい、魅力がつまりすぎてる。
「さ、あや、?」
勢いのあまり、名前を呼んでしまった。急に手汗が吹き出る。
「...え?」
パッと振り向いたその顔は明らかに泣いた顔だった。困惑でいっぱいの表情を浮かべる南にできるだけ優しい笑顔を向けた。
「Tシャツの後ろに名前書いてあったから呼んじゃった、ごめん(笑)」
「あっ...!なるほど!」
なるほどって、そこ納得するのか!!?
「そのTシャツ着てるってことは...サッカー部のマネか!」
ああ!もう!そんなの聞かなくたって知ってるよ!
「そ、そうです!」
「へえ〜。で、なんで泣いてたの?」
うわあ、ストレートに聞きすぎたかな...?
「...はっ!な、泣いてないですよ!」
顔を隠しながら南は言う。いや、耳赤いの、反則だろ。
「...ふ〜ん、まあ頑張れよ。」
咄嗟にTシャツの名前をなぞってその場を去った。タオルを冷やしたついでに顔を洗ってこの数分間に起こった奇跡みたいな出来事を思い返す。自分なにやってんだろう...。触れた左手の人差し指はずっと熱を持ったままだった。

ーその時の俺は周りが見えてなかったんだ。