榊は長年祖父の傍についている舎弟頭だ。

桐生の家は所謂(いわゆる)ヤクザの家系で、祖父は昔からこの辺りを仕切っている『松竹組』の組長なのだ。ちなみに松竹組は先代にあたる曾祖父がこの地に門を構えたのが始まりなのだという。

本来なら、歳を考えれば祖父は組長の座を次の代に譲って隠居していてもおかしくないのだが、一人息子であった桐生の父が不慮の事故で早くに亡くなってしまった為、未だに現役で組長の座に就いているような状態であった。

つまり、その後を継ぐ若頭は孫である桐生京介、その人となる筈なのだが、まだ高校生ということもあり、今後のことは全て保留中で特に何も決まっていないというのが現状だった。

それでも、代々血族に継がれて行くのが当然のことだと考える者が多く、組の舎弟たちは揃って京介のことを『若』と呼んでいた。


「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」

「ああ、行ってくる。爺さんをよろしくな」

桐生は再び廊下を進んでいく。

その後も桐生の姿に気付いた組員たちが次々と「若、行ってらっしゃい」などと気さくに声を掛けてくる。これが、この家の日常の光景だった。

そして、それらに応えながら桐生は普段通り家を後にするのだった。


松竹組はヤクザとは言っても、以前は勢力もあり地元の広い範囲に幅を利かせていたらしいが、現在の規模はそんなに大きくはなく、人の良い祖父の人柄もあり地元に根付いた小さな会社のようなものになってしまっていた。

だが、このご時世それでも良いと桐生は思っている。