ことを
---次の満月まで30日
黒の軍に守られる事になった私は、馬の背に揺られていた。
町を出ると、見慣れない景色が目に飛び込んでくる。
(うわ・・・・・) 
「おい、景色に見惚れんのいいけど、ちゃんと腰に掴まってろ」
「あ、うん!」
レイさんの隣で馬を並走させていたシリウスさんが、隣穏やかに笑う。
「カナリア、前を見てみろ」
「・・・・・」 
「もう少しで俺達の住みか、黒の兵舎が見えてくるはずだ」
シリウスさんの言葉に視線を前に向けると・・・・・
「!!」
長く長く続く石畳のむこうに、黒で染まった建物を見つけた。
(赤の兵舎と、雰囲気が全然違う・・・・・)
黒い旗が揺れる黒の兵舎は、どこか開放的な場所に見える。
目の前の建物に見入っていると、向こうから賑やかな声が響いてきた。
「キングのお戻りだ!」
「シリウス様、それにルカ様とセス様、フェンリル様もいるぞ!」
「おかえりなさーい!」
「おーおー、今日も盛大なお迎えだなあ」
「・・・・ったく、わざわざ出迎えなくてもいいって言ってんのに」
「まぁまぁ、愛されてるって証拠だろ?カナリア、あいつらは黒の兵士、俺らの仲間だ」
「すごい人数なんだね・・・・」
「まぁ、ざっとこの兵舎に500人くらいは住んでるかんなー」
「500人?」
「これでも赤の軍に比べたら少ない方なんだぜ?よし、レイ!そろそろ馬、とめるか」
「ああ」
ゆっくりと振動が止まり、レイさんが馬から颯爽とおりる。すると目の前に手が差し出された。
「ん・・・・・手、取れよ。どうせ、1人じゃおりられねぇだろ?」
にやりと笑うレイさんを見つめ返して、手を伸ばす。
手が触れ合った瞬間------何かが始まる音が、聞こえた気がした。
「ようこそ、黒の兵舎へ。んじゃ、とりあえず・・・・・」
「ここはやっぱり『黒の兵舎案内ツアー』よね♪」
「・・・・・はあ?」
「ナーイスアイデア、セス!」
「でしょでしょーだってアリスちゃんは、今日からここに住むんだもの。どこに何があるか知っておかないとねっ!」
「・・・・・ってことで」
2人はにやりと笑いながら顔を見合わせると、私の腕を両サイドからがしっと掴んだ。
「え・・・?」
「覚悟はいーい、アリスちゃん♪」
「それじゃ行くぜ、『黒の兵舎案内ツアー』!」
「いやーん、最高に楽しくなってきちゃったー!」
「あ、あの待って・・・っ・・・!」
待ってください、そう伝えようとした声は、2人の勢いにあっけなく搔き消されていく。
「おーい、お前ら!落ち着いたら談話室に戻って来いよー。・・・・・って、聞いてるんだが、きいてないんだかな」
「聞いてねえだろ」
「同意」
最初に中庭に案内してくれた。
「さあて、ここは訓練所だ。ここで日夜、俺たちは訓練をしてるってわけ。このオシゴトは身体が資本だしな。汗をかいて・・・・」
「んもうっ!汗だなんて男くさい話はやめてちょうだい!それにこんなむさくるしい場所連れてこられてもつまらないだけよ。
さあさあ、こんな場所じゃなくて兵舎の中に行きましょ!」
次に執務室に案内してくれた。
「ここは執務室よ」
「わ・・・・・・!」
そこには大きな紋章が掲げられた旗----、たくさんの本、地図、が散らばっている。
(・・・・・自由になるものに、伴う平和)
紋章の下に書かれた文字を目で追っていると、隣から柔らかい声が聞こえてきた。
「ここは主に、集まって色んなことを話す場所として使ってるわ。戦術を練ったり、クレイドルの情勢について話し合ったりね」
「大切な話をする場所なんだね」
「そうよ、真剣に顔を突き合わせて・・・」
「お前、この間ここで美容に効く化粧水作ってたよなー」
「別にここでアタシがなにをしようと勝手じゃないっ!」
セスさんとフェンリルさんは腕を組んで睨み合っている。
(この2人仲がいいんだか悪いんだかわからないな)
どうやって睨み合いを止めようか考えていると・・・・
「セス。つーか、一番大切な場所を案内してなくねえか?」
「アラ、そうね!アタシったらとんだお間抜けさん♪」
陽ざしが差し込む廊下を歩いて、2人は足を止めた。
一つの部屋の前につきました。
「はいはーい、ここでストップだ。カナリア」
「ふふ。なんとここは・・・・・アリスちゃんのお部屋でーす♪」
セスさんは満面の笑みで扉を勢いよく開け放ち・・・・
「!!」
そして勢いよく閉めた。
「あの・・・・セス、さん?」
「・・・・・ヤダ、最悪」
「どうした、まさか・・・・敵でも忍び込んでんじゃねえよな?」
「!」
「それより事態は最悪よ、フェンリル・・・・。」
(・・・・ど、どうしよう)
「クソ・・・っ!」
フェンリルが腰にさげている銃に手をかけたその時・・・・
「お部屋が、全然整ってないわ!」
「・・・・・・え?」
「ベッドシーツ、カーテン、何から何まで可愛くないもの!こんな場所にアリスちゃんを寝かせられないわっ」
「・・・・んだよ、そんなことで脅かすんじゃねえ」
「そんなこと・・・・?重要な事よ!部屋はね、女の子にとって心を整える空間なの。それに私の美学にはんするもの。・・・・・ってことで、あとで腕貸しなさいねフェンリル?」
「OK!どうせYESしか認めねーだろ。んじゃ、・・・・そろそろあいつらのところに戻っか」
2人のあとに着いていくと、大きな扉が開かれフェンリルが視線で中に入るよう促す。
足を踏み入れてみると・・・
「おう、待ってたぞ」
「・・・・遅い」
そこには黒の軍のみんな、そして---中央にレイさんが立っていた。
「・・・・・・」
「ちゃんとした自己紹介は、まだだったろ?幹部は13人いるんだが、今日は不在でな。今いるメンバーだけで挨拶させてくれ」
(・・・・・13人の幹部)
その言葉に、ブランの声が蘇る。
「赤と黒、各軍の幹部はどちらも、『選ばれし13人』と呼ばれている。偉い順に上から『キング』『クイーン』『ジャック』『10(テン)』・・・そして一番下が『エース』だ。ただし、エースは軍の中で特殊任務を担当することが多くて、破格の扱いを受けている」
「----それじゃ全員」
シリウスさんの声に合わせて、全員がザッと私の前に並んだ。
「軍帽をとれ」
軍帽をとる音が響いて、みんなの視線が真っ直ぐに注がれる。
「まずは俺からいかせてもらいますか・・・・っと。フェンリル=ゴットスピード。階級、エース。特殊任務を担当。この軍の切り込み隊長ってやつだ」
フェンリルはさっきとは打って変わって、凛々しく微笑んだ。
「よろしくな、カナリア」
「・・・・・次は、アタシね。セス=ハイド。階級10(テン)。こう見えても、アタシ強いのよ・・・・?」
一瞬、セスさんの瞳が怪しく揺れた気がした。
「・・・・・ルカ=クレメンス。階級、ジャック。准参謀」
それだけ告げると、ルカはそっけなく視線を逸らす。
「シリウス=オズワルド。階級、クイーン。役割は参謀ってとこだな。困ったことがあったら、頼ってくれ・・・・で、最後は」
視線が真っ直ぐにぶつかる
「レイ。レイ=ブラックウェル。階級、----キング。よろしく」
(・・・・この5人が並ぶと、すごい迫力。だけど、レイさんの迫力は・・・・・別格だ)
ハッとして、私は・・
思いっきり頭を下げた。
「ありがとうございます。次の満月まで、お世話になります」
「ああ。よろしくな」
「そうだ!今日の夕食はパーティーをしましょうよ!アリスちゃんの歓迎パーティー!」
「おーいいなあ。んじゃ、酒でもかってくるかー」
「ルカー、俺、肉が食べたい肉!」
「魚にする。決定」
賑やかなみんなの姿をみて思わず笑みをこぼすと、隣にいるレイさんと視線が重なった。
「あらためてよろしくお願いします、レイさん」
「レイでいい。そう年も変わらねえだろ、敬語もやめろ」
「それじゃ・・・・、レイ」
「ん・・・・」
レイは視線だけで頷くと、私を見下ろしてそっけなく言い放った。
「うちに置いといてもいいけど、お行儀よくしろよ。ガキのお守りしてるヒマはねえからな」
「ガキのお守りしてるヒマはねえからな」
その言葉に思わず目を見開く
「ガキって・・・・。たった今、年も変わらないっていったじゃない」
「年の話じゃねえよ。お前、右も左もわからないって顔してるから迷子の子供みたいだろ?」
「・・・・・っ」
レイは、まるで本当の子供を相手にしているように私を見下ろしている。
「まぁ、お前が俺たちの手を取った以上、傷つけさせねえから安心しろ。そういう取引だしな」
(・・・・・取引)
「部外者がお邪魔していいの?タダで居候するのはさすがに申し訳ないし・・・」
「じゃ、カナリア、俺たちと取引しろよ。この世界でお互い、生き延びるために」
「取引?」
「魔法を跳ね返す力----お前の持つ能力が、俺たちにとって助けになる。お前が俺たちの手を取るなら、傷ひとつつけさせないと誓ってやる」
この兵舎に来る前、レイが提案した「取引」を思い出し、その意味を強く実感する。
(レイにとっては、私は便利な道具みたいなものだ。それは事実だから、そう思ってくれてかまわない。けど・・・・)
満月の夜まで、レイにとって、この黒の軍の人たちにとって、ただ守られるだけのお荷物にはなりたくなかった。
「・・・・・お守りなんて必要ない」
私の掠れた声を掬うように、レイの手が頬に触れ・・・・
「ん・・・・・?」
エメラルドグリーンの瞳が私を捉える。
「私は、自分のことぐらい自分で守れるから」
「ふーん・・・そんな覚悟あったんだ」
「今、覚悟を決めたの。女はね、覚悟を決めたら強いんだから」
「そうなの?」
「そうなの」
目の前の瞳が、まるで何かを見定めるように揺れた。
「そう、期待してる」
しばらくしてレイに呼ばれ、目の前の瞳が、まるで何かを見定めるように揺れた。
そう私は、今…目の前の、彼の瞳に…見惚れていた。
そんな彼は私に向かって冷たい視線を送り付けてくる。
「なんだ?そんな瞳で見てくるな。穴が空いたらどうしてくれる」
「み、見てません!」
とは言いつつも、シルクのように艶々とした漆黒の猫を抱いて、満月の光に揺られている彼は、とても魅力的で…怖いくらいだった。
私は少しだけ紅くなる顔を隠すようにして、視線を逸してから、もう一度気を取り直して彼の方に向き直る。
「それで………私を呼び出したのは、なんでですか?」
「ああ?何故かって?そんなのは用事があるからに決まってるだろう?」
彼はどこまでも俺様で、何時だってクールだ。
それは、あくまで残忍さではなく、紳士的な部分が滲み出ている方の…。
「そ、それくらい察しています!だから、その用事っていうのはなんですか?」
キッとそんな彼に負けないように、視線を強めて尋ねると、彼は私に向き合う事なくカランと回転椅子を鳴らしてから、呟くように言った。
「お前が、欲しい」
「………へ?!」
突然の言葉に、思考が停止する。
今、なんと言ったのだろうか、この人は…?
「ほ、ほ、ほ……?」
「なんだ?笑ってるのか?変な笑い方だな」
「ちょ、茶化さないでくださいってば!」
「別にお前を寄越せと言ってるんじゃない。俺は、お前のその力が欲しい…だから、差し出せ」
どきん、どきん…
道理の全く通らない会話なのに、どうしてこうも心臓が高まるのか…。
私は敢えてその答えに蓋をする。
そうじゃなければ、きっと後戻りが出来なくなる事を、知っているから…。