樹さんと初めて出会ったのは私がバイトを始めて2、3日経った日のことだった。

マスターや他の従業員さんも優しく丁寧に仕事を教えてくれるし、一人暮らしの私の生活を心配してくれているようで、
ここでバイトしていると実家に帰ったような安心した気持ちになれる。

一人暮らしなんてどうってことないと考えていたものの、18年間過ごしてきた家を急に離れるということはどうも落ち着かず気持ちがぷらぷらしていたようで、バイトを始めてから初めて自分がホームシックにかかっていた事に気がついた。

私の仕事は主に接客と精算の手続き、掃除だ。厚みのある窓を拭いていると外の世界は普段私が歩いている道だとは思えなかったり、窓の曇りが落ちて光が綺麗に入ってくるのが好きで、窓拭きの腕は日に日に上がっていくものの、
接客や精算はまだ苦手でどうにも慣れない。

私はご注文を受けると厨房へ行き、
なれない手つきで本日のケーキであるメレンゲがたっぷりと入れられ、丸みのある
可愛らしい苺とふわふわの生クリーム、雪のような粉砂糖がのせられたスフレパンケーキとブレンド豆で挽いたカフェラテをお盆にのせて自然な笑顔が作れるように口角を少しあげてみる。

「お待たせいたしました」
くれぐれも珈琲をこぼすなどといった初歩的なミスをしないよう、私はそうっと歩いてカウンター席にお皿を運んだ。

少し緊張気味の私の目に映った、ケーキを待つ大型の男性は、ケーキを前にすると周りにお花が飛んでいるようだった。

それが樹さんだった。

その見た目といかにも幸せそうにケーキを口に運ぶ横顔の差異に少し驚きつつ、
私は不意にも可愛いと思ってしまった。