『言えばいいのに』


そんな単純なものじゃない。


俺は勢いよく店のドアを開けると、目の前の階段を一気に駆け上がった。


単純なものなら、こんなにもこだわったりしない。

こんなにも苦しくなったりはしない。


「はぁ……っ」

階段を上りきったところで大きく息を吐くと、

「あれ?時田…さん?」

彼女の声が耳に飛び込んできた。


『アヤちゃんが好きなんでしょ?』


千春の言葉を思い出し、心臓の動きが一段と速くなる。


「そんなに急いでどこ行くんですか?」

首をかしげた彼女の髪を夜風が揺らすと同時に、俺の心をかき乱す。


『言っちゃえばいいんだ。全部』

のどの奥につかえている言葉は、吐き出しちゃいけない。

彼女を困らせるだけだ。


「ちょっと、煙草を買いにね」

「ふふ。そうなんだ」