「奏!いつまで散歩してんだ、そろそろ行くぞー!」
2人の間に流れたなんともいえない空気を破ったのは、少し遠くから聞こえたそんな声。

「…あ、あぁ悪い。今行く!」
ハッとしたように声のした方に向き直った彼が、少し大きめの声でそう返事をする。

「ちょっと待っててくれる?」
「え?あぁはい…」
私の返事を聞いた彼は、彼を待っているであろう人たちが顔を覗かせている車に向かって走り、すぐに何かを手に持って戻ってきた。

「これ、俺の連絡先」
走り書きの携帯番号が記された、小さな紙のようなものを半ば強引に手のひらに押し込められる。

「絶対連絡して」
「え、えっと…」
「お願い。せっかく会えたのにまた会えなくなるなんて…俺、絶対嫌だから」
「は、はい…っ!?」

私が返事をするより、彼が私の手を取る方が早かった。
マスク越しの彼の口元から落とされたのは、小指へのキス。

「…じゃあ、また」
隙間から覗く切れ長の瞳が意味深に細められた気がしたけれど、私にはどうすることも出来なかった。