人は誰でも亜名から生まれるという。そのためこの世界では亜名は神聖視されその他の人間は乙として区別された。
亜名は神待ちで暮らし、乙は霜待ちで暮らす。亜名は一生遊んで暮らし、乙は一生働いて暮らす。亜名はいつでも霜待ちに降りてこれるが、乙が神待ちに入ることは許されない。もっとも殆どの亜名は乙を嫌い、霜待ちに降りてこようとすることはなかったが。

乙は総じて背が低く、黒い髪黒い目黒い肌をしている。名を付けられることはない。心や感情に乏しく、衝動的に行動する。
私は亜名として生まれたが、すぐに霜待ちに捨てられた。理由はない。狭かったのかもしれない。そして当たり前のように乙達と暮らすことになった。

「セロ、これ見ろ」
私の暮らす家には五人の乙がいる。みんな黒い鞠のような姿をしているが、ちゃんと個性がある。
私は彼らに名前をつけた。
「よかったな、チビ」
「チビじゃねぇ!これは蛇だ」
「もう死んでるだろ。かわいそうだから埋めてやんな」
「死んでる!すげぇ」
チビは目を輝かせる。私は乙達が好きだった。好奇心と無駄な元気と広い視野。神待ちに憧れはあったが、霜の連中と暮らすのもなかなか楽しい。
ただ、そんな私を亜名は汚くて哀れだと見下した。悪気があるわけではない。私もみんなも諦めて生きていた。セロは亜名にはなれない。亜名になるには少しばかり、生まれてくるのが遅かったと。
私は一度も、そのことに気づいてからは一度も、亜名を目指そうとはしてこなかった。