一ノ瀬くんは相変わらずの無表情だったけど、冷たさなんてどこにもなかった。




「その人を幸せを願うなら避けるな。何も言わない方がその人の為なんて思うな。気持ちが伝わんなきゃ幸せなんて呼べねぇんだよ。」




「でも、私、嫌われるかもしれな…」




「俺はそうは思わない。そりゃ、普段から何もしてない奴が、自分の言いたいこと言うのはそれは単なる我儘でしかないけれど。お前は、ずっと苦しんできたんだろ?部活でも、家でも。」




もう我慢すんな。




一ノ瀬くんの最後の言葉に、小さな痺れが私の身体を駆け巡った。



周りの音が一切消え、時間が止まったように感じる。









彼はすっと立つと、私の方に何かを投げた。



「それ俺が使おうと思ってたやつだけど、お前にやる。顔ふいとけ。あ、洗って返せよ?」




そう言って彼は笑った。




笑った…?




急に視界が霞んでぐちゃぐちゃになった。
頬を伝って落ちていく雫の跡がひやりとする。




それでも、私は顔をあげて一ノ瀬くんを見上げた。




歪んだ世界の中でも、彼の茶色の瞳だけは何故かわかる。



あの瞳をずっと見ていたい。