「……殊勝な心掛けだが」
 怪力男はあたしを捕らえていた手を放し『彼』に掴みかかろうとした。
 あたしのほうが速かった。あたしは『彼』の手を取って、全力で走って逃げた。


「いい判断だった」

 もうこのへんでいいかなってくらいのところまできて、走るのをやめた。
 どっちかが置いていかれることもなく、同じ速さに近かったから、走りやすかった。――というより、あたしはもともと相手に合わせて走ることはしないんだけど。 

「陸上かなにか、やってる? 恐ろしく足が速いな」
 感心したふうに、『彼』は言った。息が乱れている。あたしもね。
「もう引退しましたけどね。受験生だから」
 自然と言葉が丁寧になった。
 あれ? あたし、あがってるみたい。

「……ごめんな」
 聞き違いかと思った。
 助けに入ってくれたのに、なぜ謝るの?

「この学校の生徒が全部ああだと思わないでくれよな。尊敬できる先輩もいるから……」
 ずいぶんと、耳に優しいことを言う。

「わかってます。だって……少なくともあなたはあたしを助けてくれたもの」
 ここに限らず、どこにでも女の子の制服姿に固執する輩はいる。こういうふうに追いまわされること、あたしにとっては珍しくない。
「そっか」
『彼』は、ふっと笑った。