灰色の厚い雲に覆われた空。
 湿気を含んだ冷たい風。
 グラウンドの状態も、昨日の雨のせいであまり良くない。
 ──こんな日でも、試合はある。
 開始前のロッカールーム。
 ユニフォーム姿の部員たちは、適度な緊張感を漂わせ、その時間を待っている。

 ──あたしはすごく心配だった。
 というのも……秘密にしていることがあったから。
 今日、将人センパイはみんなよりもかなり遅れて、会場に着いた。

「昨夜、なかなか寝付けなくって、寝坊してしまった」
 という将人センパイの言葉を、みんなは大して気にとめなかった。
 将人でも緊張して眠れなくなるんだなあ……なんて、笑ってた。

 あたしはいつもの癖で、なんとなく将人センパイを見ていたので、それに気づいた。
 ──診察券だった。
 バッグのポケットから、半分出ていた。
 あたしはそれを素早く取って、将人センパイに詰め寄った。


「黙っていてくれ。この試合が終わるまで」
 いつになく、険しい顔をしていた。
「そう言われても……」
「言っとくが、解熱剤をもらってきただけで、まだ飲んでいない。風邪薬でもドーピングの対象になるんだから」

 確かに顔が赤い。
 ゴールキーパーだから、あっちこっち走り回るわけじゃないけど……。
 80分、耐えられるの?

「いよいよダメになったときは、交替させてもらうから、平気」

 そんなの嘘だ。
 この人は意識が続く限り、グラウンドでゴールを守るに決まってる。

「頼むよ……佐藤」

 将人センパイ抜きとなると、作戦を大幅に変えなきゃいけない。
 かといって、39度の熱があるセンパイに無理をさせるのは……。
 潤くんは、このことに全く気づいていない。
 他のみんなが知らなくたって、潤くんだけは知っておいたほうがいいよね。

「ジュン先輩にも言わないでくれ。……オレ、どうしても出たいんだよ。もし、この試合に勝てなかったら……もう同じメンバーでのサッカーは二度とできないから」

 すがるような目。
 潤くんは、将人センパイや大河センパイとするサッカーが好きだと言っていた。
 たぶん、みんなそうなんだ。
 ――どうする? どうしたらいい?
 あたしに止められるの?