「すっごくかっこいい人がいるんだよ」

 誰がそう言ったのかは憶えていない。
 そのときあたしたちは中学3年で、流行りの物とかアイドルなんかが大好きな年頃だった(今でも好きだけどね)。
 クラスの女子みんなでその『市原大河』とやらを見物しにいくことになったの。バスに乗って、県立桐邦高校へ。
 学校帰りのセーラー服が18人。目立つのなんの。
 で、変なのにからまれた。
 大っきいレンズのカメラを首から下げた、印象の悪い男に。とうとつに。
 みんなで逃げた。
 みんなで……の、はずだった。

 続きは想像がつくよね。足の速いあたしがいちばん必死だったせいで、あたしひとり、群れから離れてしまった。
 校内のどのへんに自分がいるのかわからなくて、友達も見つからなくて。
 しかも、さっきの男の5倍は力がありそうな別のでっかい男につかまって、あたしが嫌がってるのに、男は手を放してくれない。

 近くを通りかかった人達も、見てみぬふりをしてた。危険人物なのかもしれなかった。
 殴るか蹴るかして逃げよう――そう思ったとき、髪の短い、長身の男が現れた。なにかの選手っぽい服装。ベンチコートを羽織っている。
 ――それが、将人センパイ。
でもこのときは名前なんて知らなかったので『彼』と呼ぶことにするね。


「そのコ、オレの連れなんだ」
 なんの面識もないあたしをあごでしゃくって、『彼』は言った。
 怪力男は『彼』をしげしげと見やり、鼻で笑った。

「……おまえ、1年だろ。邪魔すんなよ」
「邪魔してんのは、そっちだろ」

『彼』は無表情で目を細めた。
「試合が控えているんだ。手荒な真似はできれば避けたい」