「磐田さんを責めるなよ。もとはといえば、オレが、黙っていてくれって頼んだんだ」

 信じられない。
 あたしはそんな人、知らない。
 そうだよ……将人センパイの周りには、そんなコ、いなかったよ。
 あたしは、やっとの思いでそう言った。
 けれども返ってきたのは、
「佐藤は1年生だから」
っていう言葉だった。
 たったそれだけなのに、そのひとことだけなのに、あたし、凍りついたように、なんにも言えなくなってしまった。
 なんにも考えられなくなってしまった。

 そのあと、どうやって川崎家までたどりついたのか、よく憶えていない。
 とにかく、ショックで……悲しいというよりも、いたたまれなくて。
 わけがわからないまま、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝た。


 その夜、中学時代の夢を見た。
 セーラー服にダッフルコートを羽織ったあたしが、桐邦高校の靴箱のひとつにバレンタインチョコを入れにいく……という内容だった。
 夢でもなんでもない、実話だった。あたしは実際に、チョコを持っておしかけたんだよ。
 将人センパイを追って桐邦に進学する決心は、このときすでについていたから。

 あたしは夢で過去に戻ったわけだけど、そこでもやっぱり片想いをしていた。
 何度も、何度でも、惹かれてしまうんだ。苦しいくらいに。
 結局のところ、あたしって将人センパイが好きで、それだけだ。
 過去なんて知らない。今だって、全部をわかるわけじゃない。一方的で身勝手な想い。

「将人センパイしか好きになれない」

 呼ばれたかようにふと目覚めた午前4時、あたしはその日初めての言葉を素直な気持ちでつぶやいていた。