最近よく本業水道の現場に出ています。
単純に人がいないからですが、原因は私にあるのか、2年前に息子のかおるがやめて以来、仕事をやめようと考えていたが、そのあと、娘の離婚で、孫の面倒を見る必要となった。

娘のことについてはほかのところに記載しているが、仕事をすることに嫁は喜んでいる、しかし、自分に残された時間をほかのことで過ごしたいと考えていた私は忙しい

忙しさのあまり嫁にあたったりしている。忙しは活気でるが、年相応で動かない肉体に、また、頭が回らない時分に腹立たしく仕事をしてしまう。余裕がない

昔はセルシオに乗って営業しておれば良かった時代と大きな違いがあるが、仕事の達成感は昔の自分と変わらないこのことは働くということが良い方向に出ているといえる。

はたから見れば、65歳過ぎて軽トラックに乗り現場で仕事、若い連中とやりとり、相手はみんな、なんでそんなに働くのか・・・・と思っていることだろう。

昨日から水道のメーター交換をしている。35年ぶりか、一軒一軒まわり、古い水道のメーターを交換していく、いろんなところへ行く、こんなところがあったのか・・とか、威張っている百姓にメーター交換で小言をいわれたりまさに丁稚だ。
今日の最後の一軒の人は80歳くらいの老人だが、元気がいい、私の村のこと、人を良く知っていた。あすまで交換し終える予定だ。

今、現場の工事担当もしている。今日は毎週行われる定例会
毎週の予定、問題点を出し合い工事に活かす。若いほかの担当者は責任感が少ない、最近の若者に見られるおなじような人類だ。
頭は悪い、と思いながら、話し合い仕事を進めている。完成期限は3月松だ、もうすぐだ、私の仕事は設備関係なので遅れたしわ寄せはすべてくる。役場も他人事のように話す。

役人とはいい加減な奴らだ。自分のことだけ考えている。自分さえよければいい人種だ。退職まで繰り返し同じ自分主義の人生を歩む悲しい人生だ。定年後を考えると、わたしなら務めないと思うが、、日本国は公務員天国だからしかたない。