私はまるっきり泳げない。
 背が低いから、プールのいちばん深いところでは足がつかなくなる(というか、すっかり沈む)。
 嫌だな嫌だな、夏なんて大っ嫌いよ。
 プールなんて、世の中から消えればいい。

「話はそれだけね? じゃ、私、戻るから……」
「おい」
 いったん背中を向けたけど、向きなおる。
 名前くらい呼びなさいよ。
 熟年夫婦じゃないんだから。
 柏早智子って名前、気に入っているんだから。
「なに? 日焼けしちゃうじゃない」
 こうしているあいだにも、額が汗ばんでくる。
 まだ梅雨入りしていないのに、なによ今日のこの暑さは。
 ほんっと、ムカつく!

 川崎くんは、言葉につまっているわけではなかった。
 ただ、私が言うのが早かっただけ。
「航平くんの噂、聞いたわ。まんざら間違いでもないから否定はしない。振られたのは私のほうだしね。小田原さんがどういうつもりなのか、知らないけど……」
 川崎くんは黙っている。
 それで? って、続きをうながす。
 私のほうも口が勝手に動いている感じ。
「航平くんと私とは、もうなんでもないの。だから、私の知らないところで部外者にゴチャゴチャ言われるのは、まっぴらなのよね」
 大げさなため息をひとつもらす私に、川崎くんは軽く相づちを打ち、言った。
「オレはゴチャゴチャ言ったつもりはないぜ」
「どうでもいいわよ、もう。誰が誰を好きでも……誰と誰がつきあっても」

 ――いつの間にか、プールは水で満ちていた。
 シャワーを浴びた水泳部員たちが、はしゃぎ声をあげて、次々に飛び込んでいく。
 そのなかにコレキヨ君の姿もあった。
 私は校舎に入った。
 途中、川崎くんが呼びとめるようなことは、もうなかった。