でも……ショックだった。
 努力して優等生と認められつづけてきた私の『全力』が、彼の『ちょっとの本気』に遠く及ばないなんて!
 ずっと怠けていて急に本気を出しはじめた人間に、こんなにあっさり抜かれるなんて。

 私、これ以上できないくらいに頑張ったのに。
 二十五メートル、泳げるようになったのに。
 なのに、勝てなかった。
 体育はしかたないとしても、他はもうちょっとさ……できていてもおかしくないのに。

 潤くんには、まだまだ余力がある。
 私は全力をつくした。
 結果はこのとおりで――数字に表れているよりも、大きな差がある。
 落ち込んじゃうなあ。泣きそうよ。
 互角くらいだと思っていたのに。
 どうすりゃいいのよ、まったく……。

「オレとしては、そろそろお怒りを鎮めていただきたいんだけどな」

 私が黙り込んだ理由を勘違いした潤くんは、棚からファイルを何冊か取ってきて、ピアノのいすに座った。
 白と黒の鍵盤が現れ、そっと両手が添えられる。
 ゆったりとしたテンポで、穏やかな旋律を奏ではじめた。

 小さな音。
 それにしては、よく響く。
 考えてみたら、私、ピアノ演奏をこんなに近くで聴いたことなかった。

 ていねいで、それでいて世界に覆りすぎていない、優雅なメロディー。
 ときには力強さ、確かさを。
 そして次第に織細さを。

 最後の音の余韻をじゅうぶんに楽しんでから、潤くんは吐息と一緒に指を離した。
 私もため息がこぼれた。