背筋を伸ばして、教室に向かった。
 誰かに話したかった。
 誰でもいい、誰か……と思いながらも、予鈴直前にやってくるはずの川崎くんを待っているのだと、気づいた。
「テニス部の遠征って、今日までなんだっけ?」
 後ろ向きに座った未歩が、連絡黒板を見ながら言った。
 今日のプリントは国語だった。
 選択肢のある問題が多い。
「うん。長野で二泊するって言ってたね」
「梓ちゃんたち、おみやげ買ってきてくれるかなっ」
 そう、梓ちゃんも柳さんも、昨日は長野にいた。
 私は長野の連絡先を知らない。電話もしていない。
 ――毛利くんにカマかけてみただけ。

『川崎ニハ キスクライ サセテヤッテルノカ?』

 してないわよ。
 するわけないでしょ。
 もししていたとしても、毛利くんに教える義理はないわ。
 そういうのを『下衆の勘ぐり』っていうのよ。
 そういや毛利くんともしなかったわね。
 ごめんなさいね。ああ、謝ることでもないわね。
 私はだいじょうぶよ。心配なんかいらない。
 毛利くんを嫌いになることで、自分のなかにしっかりとピリオドを打ったから。
 もう決して、名前でなんて呼ばないから。


 つまり――このときの私は、まったく考えもしなかった。
 毛利くんが本当に欲しかったのは、小田原景子ではなく――この私だったなんて。
 別れてからも、やっぱり私のことを忘れられなくて――でも意地悪な発言と行動が、ジェラシーからくるものだなんて、 毛利くん自身、まるで自覚がなくって。
 そして――その事実になぜか川崎くんだけが気づいていたなんて。

 私と毛利くんと、それから川崎くん。
 三人の恋愛経験には、大きな差があったみたい。