夜の九時半。
 去年の一年三組の連絡綱を広げて、自分の部屋に持ち込んだコードレスホンを使うことにした。
 私はくつろいだ姿勢で電話をするのが苦手だ。
 学習机に向かって座り、番号をプッシュした。
 三十分前と同じように、航平くんのお母さんがでて、すぐに彼と代わった。
「塾に行ってるのね。いつから?」
「四月から。……さっきも電話くれたんだって? 悪かったな」
「ううん。突然だったもんね」
 大人びて聞こえる、受話器ごしの声。
 航平くんも変なふうに噂されて、迷惑しているんじゃないかな……というのは、ただの思いつきだった。
 電話なんて、今までかけたことなかった。
 私たち、つきあっていたのにね。
「なんか、おかしな感じだな。早智子、オレん家に電話したの、初めてだろ」
 電話を通じて同じことを思うというのは、なかなか心地いい。
 以心伝心……少しまえの私なら、そう思ったかもしれない。
 これが恋なのね、とかなんとか。
「私も久しぶりに早智子って呼ばれたわ。だって航平くん、廊下ですれ違うとき、にらむんだもん」
 笑って言った私。このままなごやかな雰囲気で会話が進むものと思った。
 ところが、航平くんから返された言葉は、私を激しく傷つけるものだった。
「……で、今日はなに? 川崎にはキスくらいさせてやってるの?」
 次の瞬間、私は電話を切っていた。

 ――まさか。そんなことって……。


 サッカー部は大会前、朝練習をすると聞いていた。
 何時からやっているかなんて知らない。
 とにかく私は、金曜日朝8時のグラウンドに制服で乗り込んだ。
 そのへんにいた緑のユニフォームの男の子に、航平くんを呼んでくるように頼んだ。
「すぐに来るそうです」
 私ににっこり微笑みかけられて、戻ってきた男の子はしどろもどろになった。
 ゴールポストのかなり後ろのほうに立って、私は待つことにした。