建物のなかはとても静か。
 人の声も、吹奏楽部の楽器の音も遠くで聞こえるけど……静かだと感じる。
 日差しがなくなっただけなのに、不思議に落ち着く。
 適度に湿った空気が心地いい。

 私はひとりになった。
 少なくとも今、この瞬間、私と航平くんのことを言う人はここにいない。
 そう思ったら、ホッとした。
 遠まわりをして部室へ帰ろう。
 
 保健室の廊下に掲示してある健康ニュース。
 図書館へ本を返しにいく下級生。
 居残って勉強をしている3年生。
 中央廊下に貼りだしたばかりの中間テストの順位表。
 ――あたりまえにある日常。
 それらをなにげなく眺めながら、私は考えた。

『人が私をどう思うか』ではなく……私はどうだった?
 つきあっているとき、私は航平くんを好きだった?
 彼のこと、ちゃんと見つめてた?

 答えはわかってる――『NO』。

 私から航平くんに声をかけることはほとんどなかった。
 航平くんの心変わりに気づかなかった。
 もう関係ない、と言いきれるのは、吹っ切ったからではなくて、なにもなかったから。
 ――はじめから、気持ちがなかったから。

 無関心って、つまり、そういうこと。
 なにも大勢を見る必要はなかった。
 たったひとりを見ていればよかった。
 私にはできなかったけれど。

 すべては終わってしまった。
 見つめずにいた日々は、過去になる。
 
 航平くんには小田原景子がいる。
 私はひとりに返る。
 それだけ。

 悲しいとは思わない。
 大人びているとよく言われるけど、私はまだ中学2年生。
 彼氏のいる・いないだけが人生じゃない(こういうことを言うからふけて見られるの?)。
 毎日が忙しい。
 予習に復習に部活に委員会。
 友達とおしゃべりしたり、遊んだり、買い物したり、テストがあったりする。
 その一個一個に全力投球してしまう私には、当分のあいだ、彼氏はいらない……のかもね。
 強がりじゃなくて。