それから、出掛ける準備に入り玄関で靴を履いていると、父さんが静かな声で掛けてくる。



「なあ、優弥」



「ん?」



「優弥はさ、自分が思ってるより強い人間だよ。
確かに、傷付きやすいし弱りやすいし、それでも優弥は強いよ。自分が弱いと思ってるのは単なる自己評価だろ? それは自分が決めつける事じゃない」



「……父さんは本当に俺の事見てるんだね。
でもね、自分の責任は自分で果たさなきゃだよね」



歌菜が美沙樹に恨み始めたのは、根本的な理由は俺からなんだ。



「俺はさ、自分に自信なんてないよ。
でも、もっと自信ないのは俺の心だよ」



「…別にいいと思うよ。弱くても他人に興味なくても、特別の誰かが優弥を理解してくれる人がいれば、それでいいと思うよ」



(特別な誰か…?)



それは父さんや零詞の事を言っているのだろうか?



「行ってらっしゃい。何かあったら呼んだらいいよ」



そう言って父さんはリビングへと戻っていった。



「………」



俺は弱くもなく強くもない。



そして、責任感もなければ正義感もない。



心の精神が壊れた弱い人間だ。



感情が不器用で浅はかで腹立たしい、それが俺だ。



そんな俺だけど、美沙樹に対してはなぜか羨ましく思った。



真っ直ぐで純粋な感情が。



俺の壊れた汚れた感情にはそういう優しいものは一切ない。



気弱で怖がりなのに、他人に手を差し伸べたいと思ったのは初めてだった。



初めてだったんだ……。



あの女の子や歌菜のような浅はかな感情ではない。



もっと力強いそういう不思議な感情だった。



辛さと苦しさでしかなかった感情だった。



だから、偽りの感情で演じる事でしか自分を表せなかったのに、美沙樹に対して本当の自分感情が現れたのだった。



それがすごく、胸に突き刺さっている。



それは、いつものような傷付けられた感覚ではなく優しい感情だったんだ。



「ちっぽけだな」



自分がどんなにちっぽけか目に見えるようだ。



(ねえ、母さん。もう少しだけ強くなれるかな)