「おいオッサン」


酔っ払いに気を取られていた。

そのせいで、前方から私の想い人が来ていることに気づかなかった。

威圧感。
彼の妖しい威圧感で、酔っ払いの酔いも覚めたのだろう。

力が緩んだと思った瞬間思い切り振りほどくと、その場をすっと離れていった。


今日は、奥さんは一緒じゃないんですね。

昼とはまた比べ物にならないほどの雰囲気で、さらに怖さがプラスされている。

それは、夜だからなのか、奥さんが隣にいないからなのか。




「ありがとうございました!」

先に口を開いたのはササだった。


私もワンテンポ遅れて礼を言った。


「これ使って」


そう差し出された絆創膏。

あれ、私もササも怪我はしていないはずだ…。


「君の鎖骨の所、自分で掻き毟って血出てるでしょ」

無意識のうちに、あの酔っ払いの感触を消そうと掻き毟っていたらしい。

自分でも気づかなかったことが他人に、しかもあの彼に見破られていることがなんとも不思議で、暖かい気持ちになった。



「あ、ありがとう…ございます」


絆創膏を私が受け取ると、彼は満足したように微笑むと、人混みに紛れていった。

ほんのりと残った香りは、私が忘れられないあの香りではなかった。