マーカスのことを好きになったのは偶然じゃなくってはじめから決まっていたんだ。

 大人になって一連のできごとを思い返したとき、眞奈はいつもそう感じた。

 その頃、パパの海外転勤のため、眞奈たち一家がイギリスに引っ越してきて六ヶ月目、斉藤眞奈はちょうど十四歳になったばかりだった。

 イギリスに来て眞奈がまず一番初めに好きになったのはマーカスではなく……、そうだ、イギリスの『窓』だ。

 アンティークレースのカーテンがかかった白い格子窓、
 大きく張り出されたエレガントな出窓、
 片トビラだけちょこっと開くかわいい窓、
 上が尖ったアーチ型になっている教会の窓、神秘的な開かずの飾り窓……。

  イギリスの窓たちには一つひとつ表情があった。

 窓ガラスの向こうがわはどんな部屋なのか。

 窓がとても愛らしいのだから室内もきっと素敵にちがいない。

 花模様の壁紙や落ち着いたオーク材の家具、手入れの行き届いた銀器などがあるのだろう、眞奈は窓向こうの部屋を想像することが楽しかった。

 それでいて、どんな人がその部屋に住んでいるのかはあんまり考えたくなかった。

 人間に関しては現実の世界と同じ、灰色にかすんで姿が見えない、いや見たくない。

 英語もうまく話せず、どう接していいかもわからず、他の生徒なんかそばにいれば面倒だと思っている眞奈にとって、イギリスの家の素敵な部屋には住人がいない方がよかった。

 ガラスの境界のこちら側から、かわいい部屋だけを想像していればそれで満足だった。