私はその日一日、ふとした瞬間に泣いてしまいそうだった。
泣かないようにがんばっていたけれど、それはひとえにもう誰も信じられなくて、何かのスキに付け入られるんじゃないかと思ってしまって、誰にも弱みを見せたくないと思っていたから。
周りはみんな敵だった。
誰かに声をかけられるたびに、この人もあのノートの落書きに加担したんじゃないか、私をはめようとしているんじゃないか、影で私のこと噂しているんじゃないかと思って、ずっとずっと怖かった。

楓子のことは…許せないと思っていた。
だけど、楓子に怒りをぶつけることはできなかった。
もう、楓子のことが怖くて、声もかけられなかったし、楓子の顔を見ては逃げた。
本当は問いただしたいことはいっぱいあったのに。
だけど、あの時はまだ楓子の方から謝ってくるんじゃないかと期待もしてたんだと思う。
もし楓子が謝ってきたら…。
私はすごく怒るけれど、それでも楓子のことを許したよ。たくさん言いたいこと言って、そして、抱き合って、そしてまた前のように仲良しになって、もう少し時間が経ったら、あの時の喧嘩はなんだったんだろうねってふたりで馬鹿笑いしたかった。そんなときが来るのを待ってたんだ。だけど、そんなときは来なかったけれど。

大丈夫。大丈夫だから。
あの時の私は自分にこんな言葉ばかりかけていた。
なんとかその言葉で自分の平常心を保とうとしていたんだと思う。

体育の時間に、バトミントンをした時があった。
組む相手がいない私は、それをみんなに知られたくなくて、おなかが痛いということにして見学をしていた。
みんながキャーキャー言い合ってバトミントンをしている中、私ひとりがまったく存在していないかのようにそこにいた。まるで私だけが透明人間のようなそんな感じだった。

「キャー、どこに飛ばしてるのよ!もう」

そんな声がして、ふいに、足元にバトミントンのシャトルが飛んできて転がった。私はそれを拾い上げ、取りに来たクラスメートに手渡した。クラスメートは笑顔でこちらにシャトルを取りに来ていたが、拾った相手が私だということを知って、一瞬、その子の顔が凍り付いた。
「あ…」
そのクラスメートは一瞬、ほんの一瞬だけど、手を出すことを躊躇したんだ。そこで、なんだか私はわかってしまった。みんな、私を避けている。私、やっぱり独りぼっちだったんだ。

やっぱりみんな敵だ。どこかまだ私は何か望みを残していたのかもしれない。そんな甘い私の目の前でリアルが突き付けられた。それからは、誰もが私のことをせせら笑っている気がしたし、私のことを噂している気がした。だから私は誰の声も聞こえないふりをした。鈍感なふりをして、毎日をやり過ごすことに力を注いだ。この頃から、誰も私と話をしなくなった。
クラス中、誰もが私のことをまるで存在していないもののようにスルーしていった。なのに、一方では、クラス中のみんながいつも私のことを見ていて、常に監視されている気がしていた。
狂っておかしくなりそうだった。それでも叫びたい思いを一生懸命飲み込んだ。

私の人生の中から楓子がいなくなって、私の生活はいきなりぽっかり穴があいたようだった。クラスの喧騒はかえって、私が独りぼっちなんだってことを改めて強く意識させた。
となりには楓子がいるのに。
でも、隣りの楓子は私の知っている楓子ではなく、私の知らない別人の楓子。
ふとした瞬間にあの頃のように気軽に声をかけそうになり、思わず息をのむ。
怖い。恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだった。
日が経つにつれ、その思いは深くなっていった。

何が悪かったんだろう。私が悪かったんだろうか?
私が調子に乗っていたんだろうか?
私が楓子を知らないうちに傷つけていたんだろうか?
何度そんなことを考えただろうか。
でも、答えは出なかった。
楓子から謝ってくれたら。せめて声をかけてくれたら…。
私は泣いてごめんねって謝るのに。
何が悪いかなんていまだわかんないけれど、それでも、あの頃に戻れるのならいくらでも謝るのに。交換ノートだって、もうどうでもよかった。楓子が一番大事。だけど、そんな思いはもう伝えられない。

今日も空は青い。
あの時、私はいつも登校中の青い空を見上げては、勇気を奮い立たせていた。
誰かに何かを隠されたわけではない、暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしたわけではない。私は表立っていじめられていない。意地悪されているわけではない。だけど…。

ふう。
私はいつも青空を見ては大きく息を吐いた。
大丈夫。
私は大丈夫。
そう言って、勇気をふるい立たせた。

私のもやもやした気持ちはこんな青空を前にしたらちっぽけなもの。どうってことない。だけど、青い空を見ていると自然と涙があふれた。
しみいる青空があまりにもきれいで、私はそのまぶしさになんだか負けてしまいそうだった。