「大河…さん。あのちょっと聞きたいことがあるのですが…」
あれだけ心の中では大河と呼び捨てにしているのに、どうしても目の前の大河を見ると呼び捨てに違和感がある。大河と呼び捨てにする自分にも、さん付けにしてしまう自分にも照れてしまう。

「何?」
大河はそんな私の思いなんてわかるはずもなく、てきぱきと手を動かしていた。
「大河…さんって何座ですか?」
「え?星座?今そういうのはやってるの?うーん、たぶんおうし座だった気がする…」
ガーン。ショック。
相性よくないんだ。
「うそでしょ?誕生日いつなんですか?」
「え、4月20日…」
私のあまりの剣幕に大河はあっけにとられていた。
4月20日…。おうし座だ。
私との相性はいまいち。あと1日早かったらおひつじ座で私と相性ばっちりだったのに。いや、でも本当に4月20日なのかな?ちょうど0時に生まれたとか?あ、それをいうなら私が0時にうまれたってこともあるのかもね?それによっては星座も変わるし、登録されている誕生日と実際の誕生が一緒とは限らないこともあるものね。詳しいことはまた、母さんに聞いてみよう。

「星占いを気にするなんてかわいいね」
ぶつぶつと言っている私を見て、大河はにやにや笑っていた。
「そんなんじゃないです」
私はそっけなくいった。いいの。これは私の問題だから。
「大河…さんは文芸担当っていってたじゃないですか。なんで出版社に就職したんですか?」
「そうだなあ。文芸っていわゆる小説のことなんだけどね。書く文ってね、時に話す言葉よりも強い力を持っているものなんだよ。僕はそういう文の力に惹かれて出版の仕事を志したんだ」
書く文は話す言葉より強い力を持っている…かあ。
わかる。
私は楓子との交換ノートに書かれた文字を思い出した。
胸がえぐられるような思い。もし、これが直接楓子に言われた言葉だったら、怒ってケンカして、すぐ仲直りできたかもしれない。でも…。
文字に書かれた言葉はどれ一つ刃のような言葉ではなかったけれど、その裏に隠された色んな思いが直接言われる言葉よりも怖かった。

あのノートは二度と見たくなくて、もうあれから開いていないけれど、書いていた言葉、文体、位置、すべて鮮明に覚えている。
「文はね、人柄が出るものなんだ。その人の心の思いがストレートに伝わってくるものなんだよ」
そうなのかあ。
そんな自分や人の心の思いを文字で紡いでいければ、そして、それを誰かに伝えていければ、それは素敵なことだなって思った。
大河は素敵な仕事をしてるんだね。改めて、編集者という仕事に興味を持てた。


キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
「ふう、そろそろ暗くなってきたね。今日はこれで終わり。手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
あれからずいぶんと作業は進んだ。そして、大河ともたくさんお話ができた。二人しかいない空間で、徐々にだけど、大河との距離が縮められたように思った。
でももう終わり。
私もっと働けるのに。
もっと大河と話がしたいのに。

「これ、このままどうするんですか?」
私は散乱したままのテキストの山を見て、大河に聞いた。
「ああ、これはまた明日僕が続きをやっておくよ。」
え、明日も来るんだ。やったー!
「また明日も来るんですか?」
「うん、これだけ多くちゃ、そう簡単には整理できないから、あと1週間ぐらいは覚悟しなくちゃだね」
え?あと1週間も来るんだ。1週間も大河に会える!
私は飛び上がりそうにうれしかった。

「私、私、またお手伝いに来ます!いいですか?」
「そりゃ、僕は大歓迎だけど。何も楽しい作業でもないだろう?こんな地味なことを手伝うよりもっと友達との時間の方が大事なんじゃないのか?」
友達との時間かあ。もし楓子とうまくいっていたら、私は大河を手伝いにいかなかったのだろうか。大河を好きになったりしなかったのだろうか。自分自身に問答した。けど、わからない。そんないまない未来のことはわからない。だけど、今は大河と一緒にいたい。大河と少しでも話がしたい。
「私…色々とあって…。ちょっと今友だちいないんです。だから、学校に居場所がなくて…。私がいると迷惑ですか?」

多分私は泣きそうになっていたんじゃないだろうか。
すごく複雑な表情をした大河が目の前にいた。なんて返事されるのか全く想像つかなかったので、私はずっと下を向いていた。まるで死刑宣告を受ける囚人のようだった。
「そうか…」
そんなつぶやきのような言葉が聞こえたかと思うと、ふわっと頭の上に温かいものが触れた。

え?
私は思わず顔を上げた。
大河の手が私の頭にそっと乗っていた。大河はその手でそっと私の頭をなぜて、こういったんだ。
「いいよ、君さえよければ僕はいつでも大歓迎だよ」
「本当?」
「うん、いろいろあって居場所ないんだろ?ここを居場所にすればいいよ」
思わず涙がこぼれた。
こんな優しい言葉聞いたのは久しぶりだった。
うん。そうする。
私、ここを私の居場所にする。
大河は私の頭をまるでネコをなでるようにやさしくなでた。
そのやさしさに私はようやく学校の中に自分の居場所を取り戻せたような気がしたんだ。

それからは毎日のように資料室に足を運んだ。
とはいっても、授業があったので、主に足を運んだのは放課後。それでも、放課後まで待てずに休み時間にも様子を見に行ったり、お昼の休みにも遊びに行ったりした。
2人きりの秘密の場所。