「半分持ちます。また落とすとなんですから」
私は前と同じように大河の腕の中の本を半分持ってあげた。
そして、率先して資料室に向かって歩き出した。大河は慌ててその後からついてきた。
資料室は部屋中が本棚になっていて、たくさんの出版社の見本本が並べられていた。それこそ、英語、数学、国語、理科、社会はもちろんのこと、保健や家庭科、そして地図帳や副教材のようなものまであって、乱雑に箱に入ったまま積んであるものもあった。
これだけの教材が日々出版社から出ているんだ。
ふだん何気なく使っているテキストがここから選ばれたものかと思うと、なんだか不思議。縁があったんだと思う。そして、大河が編集した本も私の手元に届いたのはまた何かの縁…。そして、今日偶然出会えたのも…。
そう思うと改めてドキドキした。

暗くて埃っぽいので普段資料室にはみんな寄り付かない。だけど、今は大河とふたりっきり。まるで2人だけの秘密の隠れ家のようだった。
「じゃあ、杉山さん、改めて資料整理お願いします。でも、かなり地味な作業なので、飽きたら気にせずやめてくれていいからね」
大河の大きなジェスチャーが見ていておかしかった。
ああ、私この人好きなんだなあ。
話せば話すほど、それは確固たる確証に変わっていった。

「私、途中で投げ出したりしませんから」
そういってさっそく整理に取り掛かった。

こんな二人っきりの大事な時間、自分から手放すわけない。
「どうやって整理したらいいですか?」
「じゃあ、まずね、年代ごとに資料を分けて欲しいんだ。出版年はほらここ、だいたいテキストのこの位置に書いてるから」

大河が出版年の書かれているページを広げて指差す。

長い指。

かすかに大河の腕がブラウスに触れた。
ドキ。
距離が近い。
「わ、わかりました」
急いで整理にかかるふりをして遠くに逃げた。

思い出しては顔が赤くなる。

大河は本棚のあちこちに置いてある本を一か所に集めていた。そんなに大きな部屋ではなかったので、大河の動きはどこにいてもよく見えた。

「あの、山下…大河さん…ってみんなになんて呼ばれているんですか?」
「みんなって…。会社の人ってこと?」
「はい、まあ…」
私はあいまいな返事をした。
「俺今の会社で一番新人なんで、先輩しかいないんだ。だから、みんな俺のこと大河って呼んでいるかな?」
「大河…」
「うん、そう

大河、大河…。
私もそう呼びたい。
「じゃあ、私も大河でいいですよね?」
わざと上からそういってみた。もし引かれても冗談ですよって言える流れ。
「俺、君より年上なんだけどね。でもまあ、手伝ってもらっていますからね。文句のいえた義理じゃないですのでね。へいへい、好きなように呼んでくださいませ」
大河は少しすねたように口を尖らせた。

え?これって大河って呼んでもいいんだよね?
やったー!
「大河」
「はいはい、なんでしょうか?杉山さん」
「私、みなみです」
「杉山みなみさんでしょ?さっき聞いたよ」
「はい、そうでしたね」
みなみとはやっぱり呼んでもらえないか。
でも、それでも大河と呼べることになったのは大きな進歩だよね?
なのに…。