嘘だらけの秘密


おはよー。

戸波さんが声をかけてくれた。

おはようございます!

あれから見ていたら、戸波さんはほんまに自分からは後輩に挨拶したりしない。

後輩側が挨拶してきて初めて挨拶しはる。

そういう人やから、わたしが言うよりも早く見つけてこえかけてくれるなんてほんまに無いことなんやなと思って嬉しかった。


自然と笑顔になる。


全体朝礼が終わって、

前日来ていなくても、お客さんを案内しなくてはならないから
(初日にくれば、支店単位で会場の設備や配置、新商品の説明等の勉強会がある。初日に来たかったが、経費の関係上カットされた)
お客さんが来る前に勉強せねばといち早く会場の中に入った。

新商品はこれか。ふーん、いい感じ。
えーと売価いくらくらいの設定やったっけ。


自分で資料と照らし合わせて見ていたら、



なにー、勉強しよんの?えらいやん。俺が色々教えたるわー。


そう言いながら戸波さんが来た。

ひとりでは無かったけど。
後ろに直属の部下(二年目の人)を連れて。


あ、そうです。今日来たんで。
お客さん来る前に新商品だけでも見やんと。


えらいなぁー。これのスペック言うてみ?


えーと、○○、○○、○○……売価はいくらいくら……


あと○○な。惜しかったわ。やけど勉強してきたんやな!えらいえらい!


お客さん案内せなかんから当然のことですよ、現に戸波さんは知ってはるでしょ?


俺は経験で言うてるとこあるし。
見て、だいたいこんなもんやろーて思うとこもあるからさ。えらいと思うわ。




それからしばらくまた戸波さんとその部下の人と回って、1時間経とうかという頃に館内放送で戸波さんが呼ばれた。



-一戸波さん、戸波さん。受付までお越し下さい。



あ、客来たみたい。行かんとあかんわ。
ごめんな、また後で。双海も頑張りや。


部下の人を引き連れて行ってしまった。



ありがとうございました。わたしも頑張ります。


活躍見とるからね~。



それからしばらくしてわたしのお客さんも来た。

年若く、仲も良いバイヤーさんなので、気楽ではあった。ざっくばらんな人で硬いところもなく、優しいからいつもほんまに話しやすい。
ちゃんと説明して売り込みしないとあかんとこも、なかなか上手いこと説明出来た。

完全に戸波さんのおかげやと思う。

褒められたくてただならぬ気合いが入っていたことは否めないし、戸波さんと朝も話せたからバイタリティが違ったという理由もある。

馬鹿な人間やなぁ。一喜一憂して。と思ったけど、しょうがないやん、好きやもん。嬉しかったし。

で全てを片付けた。


モチベーションはMAXのまま一日を終えた。あっという間の一日やった。



閉館の時間になって、バイヤーを玄関までお見送りした。
長いこといてくれはって、たくさん話をした。
時間も潰れたし、好きなバイヤーさんとのお話はそれなりに楽しかった。


バイヤーさんは何故かあっさりと帰ろうとせず、

今度ごはん誘います。
そんなこじつけの元、LINEを交換した。



そこまではよかった。


ご機嫌でロビーに戻り、支店の人達と合流した。
無事に1日を終え、なかなか売り上げも作れたし、バイヤーとも上手くやれて比較的楽しかったから疲れなかったし。

よかった。一日目は大成功やん。
と思ったのもつかの間。そこから地獄が待っていた。



展示会の会期中は、取引先との接待がある人がおおい。

それが無ければ、支店の、接待の約束がない人らと一緒に飲みに行くのが習わし。それも会期中毎日。

二日目三日目ともなれば同期や他の支店の人と飲みに行く人もかなり出てくるけど、初日(準備日)、開催一日目は、支店の人を優先する人が多い。


最も下っ端のわたしに接待なんてあるはずがなく、支店の人らとごはん(飲み会)に行った。

戸波さんは、接待で居なかった。
かなり残念だったが、まあ仕方ない。



飲み会自体は楽しかった。


たまたま、普段関わりのほとんどない向こうのグループの役付と、戸波さんの部下がいたため、新鮮な気持ちで楽しく話せた。


そこまではよかった。


誰が呼んだか知らないけど、水瀬さんという人が突然に参入してきた。

水瀬さんは、わたしらが配属になってから一月後くらいに関東に転勤していった人。

しかし、それまで同じ営業グループにおり、デスクもかなり近かった為、その1ヶ月近くはよう話をした。

配属されて不安な時期やったから話しかけてくれた印象は強く、よく覚えている。そんな人。



水瀬さんは思い出話や○○さん今何してる?業績どう?みたいな話に花を咲かせていた。

それから30分ほど経って、閉店やからと店を追い出された。



さっさとホテル帰って寝よ、明日もあるし。もう22時やん。

そんなことを考えながら歩いていたら、斜め後ろから腕をがっしり組んで捕まえられた。


水瀬さんやった。



そこからぐいぐい引っ張られ、皆さんが歩きよる道とは一本違う道まで引きずられていった。

やばいとは思ったけど、先輩やし、男やし、突然のことすぎて驚きも強くて抵抗出来んかった。

こういう時どうしたらええん?


水瀬さんがやばいのは分かっていた。
アルハラ、セクハラ魔人やと噂では聞いていたし、
それが酷すぎて転勤にさせられたという話やったから。


事実腕組まれて引きずられてるあいだもあちらこちらをベタベタ。

なれた様子で頭や腰に手を置き、


一杯だけ付き合うて?一杯だけ。
ここで会ったのもなにかの縁やん?


そう言いながら、無理やりBARに引っ張って行かれた。

通されたのは、個室同然の席。

あるのは小さなカップルソファーがひとつ。


水瀬さんはこういう席がある店やと分かっていてここを選んだんやろうか。

たまたまやろうか。通りすがり?


でもわざわざ沢山歩いてここに来た訳でもない。


無理やり連行されたと言っても、もちろんそんな力ずくではなかった。


意志ももちろんあったけど、断れる雰囲気では無かったという意味の「無理やり」である。

他の支店の人がおったなら、寝なかんので!とでかい声で言えば、噂もあることやし助けてくれた気はするけど


大の先輩とひよっこのわたしやったら、
他の支店に行ってなかなか会わへんと言えどもわたしが圧倒的に弱かった。


まず一番に、ハッキリ断って変な噂を嘯かれるのも嫌だった。怖かった。

それにとろいから、わたしは水瀬に捕まったのだ。

その事実は否定出来へんかったし、悲しいながらも支店の人の帰る足取りから若干遅れてしまったわたしもわたし。


断れへんのは分かってたはず。

強く言わんと解放してくれそうに無いのも分かっとったけど、
不安がりやから、こういう時に強く断ったら、なんて言われるか知れん。


それが怖かったために、もっと嫌な目を見ることになる。


分かってたけど、これから何が起こるかも怖かった。




怖かったから、せめてもの予防線を張った。

わたしの心に逃げ道を立てた。戸波さん。



あかんと言われたメールを入れた。

今日から3日間まだ帰らへんし、潰しは効くでしょう?そうも思ったから。





水瀬さんに連行されて二人きり、バーにいます。どうしよう怖い。



返事はすぐに来た。



今はメーカーと行ってるわー
ほんまにいい時間に帰りますっていいや
あいつ面倒やから

とりあえず終わったら電話するわ




その時わたしは既に腰にがっつり手を回して捕まれ、

水瀬さんのもう片方の手はわたしの服の中をまさぐっていた。