ひとしきり会議室で泣いていたら、3つ上の先輩が入ってきて。
支店閉まるよ。どしたん?
と言いわたしの横に立った。
もう何を話すのもめんどくさかったし、泣きじゃくりすぎて話す所では無かったから、
ちょっと、色々あって。
取引先と認識の違いがあって。
それ自体は大したことじゃないのは分かってるんですけど、
なんかもう最近ちょっといっぱいいっぱいやったみたいで。
と、なんとかそれだけ口を開いた。
先輩は、困ったような笑みを浮かべた。
当然だ。抽象的な話しかしていないんやから。
でもこれ以上その先輩にあれこれ聞かれたくはなかった。
話せる気もしなかったし、話す気もなかったから。
詳しくは聞かんけど、はよ帰りよ。閉まるから。
でもね、双海がひとりだけ1年目がやる事じゃないことやっててむちゃくちゃ頑張ってるのは知ってる。
たぶんその話も、あるあるな食い違いなんだと思うけど、今はショックなんだろうね。
帰ってゆっくり休みな。
そう言って先輩は去った。
わたしはまた泣いた。
そういう時には誰に話しかけられても泣くもので、上司が帰りますよ、と呼びに来てようやく涙がおさまった。
上司に泣かされたと思われるのは嫌やとそこで初めて気づいたから。
泣いて申し訳なかったです、とだけ告げ
とっちらかった机を粗雑に片付けてからものの1分ほどで事務所を後にした。
もう閉まる寸前やったから、2人くらいしか事務所に人はおらんと
泣き顔を見られる心配もないに等しかったけど、
できる限り誰にもなにも聞かれたくなかったから、
歯を食いしばって外に走り出た。
泣きたい日にぴったりな小雨が降っていた。
小さくため息をつきながら置き傘を引っ掴み、
事務所の階段を駆け下りると傘に顔を隠して少し泣いた。
惨めだからなのか、悔しいからなのか、しょうもないことで泣いたのが虚しかったからなのかもわからずとにかく泣きたかった。
寒かったから、泣きながら歩いた。
事務所から少し歩いたところ、離れの社内の前に車が止まっていた。
誰やろか。
涙を見られちゃかなわん。
そう思った矢先、あの人の声が飛んできた。
双海!双海やろ?
撃たれたように見事に足を止めた。
完全に無意識やったけど、わたしは固まった。
通り過ぎたい、こんなしょうもない話は
戸波さんにはしたくない、聞かれたくない。
それに今日はどうしようもなく、泣きたいから。。
そんなことを思っていたらまた声が飛んできた。
乗れって!はよ来い!
涙がどんどん溢れるのを感じた。
涙でびしょ濡れの顔を下げて、わたしはまた車に乗った。
放心状態で、シートベルトもなかなか締めれんと、ぼんやり座っていた。
シートベルトだけはしめなあかんよ。あとごめんやけど今日は駅までな。
そう言われてのろのろとベルトをしめた。
やってしまった。
こんなみっともない姿、今日は晒すつもり無かったのに。戸波さんだけには。
今日はメンタルボロボロやから怒られたくない。かといって同調されたくもない。
たぶんわたしが悪いから、話したくもない。
そう思っていたので、駅につくなり降りようとした。
ありがとうございました送って下さって。助かりましたかえります、
そう言い終わるか言い終わらんかのうちに、
あかんよ帰せんよ。
そう遮られた。
むちゃくちゃ泣いとるやん。
なんのために呼び止めたと思ってんの?
もしかしたら双海くるかなあ思ってさ、
全然必要もないサンプル積んだりして時間潰して。
傘さしてひとりでとぼとぼ歩きよるんみて、ほっとけるわけないやろ?
双海ちゃうかったらどないしよ思いながら呼んだら足止めたからさー、あー良かったて思って。
そういうタイミングなんやからさ、ほら。
まだ時間大丈夫やし話していき?
……イヤです。話したくない。
かっこわるすぎるから、見られたくない。
えぇ?1年目のガキがもー何言うてんねん。。話してみ?……ていうか、話せ。
先輩の命令やぞー?
意地悪なニヤニヤ顔をして、戸波さんはわたしを見つめてきた。
帰らなきゃ、ここでまた話してしまえば、もう絶対に気持ちを打ち明けてしまう。
その思いとは裏腹に、また戸波さんに見つめられたら、降りられへんかった。
ここで振り切って降りたらまたそれはそれで
別の辛さが待ってるのを分かってたから。
第一に翌日出社したときに戸波さんのかおが見れん。
好意を踏みにじるわけやから気後れする部分が出来てしまう。
戸波さんに弱みを見せないことで、せっかく気を利かせてくれた戸波さんをちょっとムッとさせる。
一番辛いのは、ほんまは辛いのに隠して帰って、ひとりでますます辛くなること。
わたしはずるいから楽な方に逃げた。
一石二鳥な選択。
悪さと引き換えに、自分の心の楽さと
戸波さんとのコミュニケーションを得た。
