翌日の午後。戸波さんに呼び出され、離れの社内の二階で戸波さんと二人きり、相談をした。
午前中と言われたから声掛けられんとヒヤヒヤしたけど、午後に、ごめん午前中はバタバタしよって。離れ来てとメールが来て離れへ。
雪が降ってて、室内でもすごい寒かったし、いざ話そうとしたら何故か口が開かなくてしばらく黙っていた。
戸波さんは、怪しまれんように暖房切ってきたから寒いわー、とか
こうしとると意外に邪魔入りそうで怖いよねー、なんて言いながらご機嫌を取ってくれた。
そんな戸波さんを見ていたらやはり泣けてきた。
戸波さんに聞いてほしかったけど、こんなしょうもない悩み戸波さんに言えない。
戸波さんの前では頑張ってるいい子のわたしでいたい。しっかり者やと思われたい。
上司を軽蔑しそうだなんて失礼な話やと思うし、そんな自分でいたくない。
そんな感情がもうぐるぐるになって、わけもわからんまま、わあわあないて全てを戸波さんにぶちまけた。
落ち着いて筋道たてて相談しようと心構えとった自分はどこへやら、というくらいにもう支離滅裂すぎた。
しょうもない悩みでごめんなさい。
不満ばっか言ってたるんどるって分かってます。上司の仕事の半分もできひん人間が偉そうにって怒ってください。
上司やから一も二もなく尊敬せなあかん。そう言って怒ってください。
そう言っては戸波さんの顔も見れんくらい泣いた。
戸波さんは1ミリも怒らなかった。
辛かったなあ、と言って困ったような顔。
あまりそんな顔をしないから、戸惑った。
なに、上司のこと嫌いになったらあかんの?
必ず尊敬しとらなあかんの?
絶対に悪口から守らなあかんの?
それで自分が辛いなら、そんなんせんでいいし、やりたいよーにやりゃええやん。
そんな風に言って、戸波さんは自分の遍歴をあれこれ話してくれた。
聞いてるうちに、戸波さんはそれでも賢いし上手くやれるし、自分を貫ける心を持っとるからやってこれたんや、と思った。
わたしは人の目を気にするから
上司に冷たくする自分が嫌だし、
そうしてると思われるのも苦痛で仕方ない、と言うと
双海がそういうなら俺は黙って聞くに徹するけど、ほんま頑張ってると思うよ、と言った。
売り上げ作ってきても、中身を気にも留められんと、いくらですか、としか聞かれんかったときはさすがに悲しかった、という話をしたら
そんなん全部俺が褒めたるし、俺がアドバイスしたるから全部持ってこいって、と言われた。
グループ違うし、難しいです。
あちらのグループの先輩が戸波さんに色々報告して褒められてるの見とるから、羨ましいのもあってこの話したみたいな感じですけど。
と言ったら、関係無いって!な?頑張った、褒めてほしいいうもんあったら持ってこい。
そう言われた。
号泣した。
もちろん褒めるだけちゃうよ。こうしたら良かった、これいけたならこれもいけるんちゃん?これはあかんやろとかキツいことも言うで?
やないと為にならんやろ?
でも、お前が持ってくるってことは、頑張ったってことを認めてほしいんやって受け取るから。
絶対受け止めるし、褒めるし、蔑ろにしたりせんから。
そう言われてもう涙が止まらんかった。
発狂すれども、上司がわたしのしたことに対してほんの少しでも、認めてくれてたらこんな気持ちにはならんかったのかなと気づいてしまったから。
全然構わないと自分の中では思っていても、
上司のミスの穴埋めをして、上司の足りない売り上げのために頑張って、上司が怒られないように気を抜かずチェックをしっかりして……
みたいな毎日が不満やったんやと分かってしまった。
だから戸波さんに、褒めたるよと言われただけでこんなに泣いてしまうんやとはっきり分かった。
戸波さんも、分かっててそこを強調したのかしらんけど、ますます嫌いになれなくなった。
相談したということは、わたしの中で戸波さんに求めてる答えがおそらくあった。
怒ってほしい、根性叩き直してほしいとか口では言いながらも、やっぱり戸波さんが好きやから辛かったねと言って受け止めて欲しかったんやと思う。
怒られたら怒られたで、大好きな戸波さんに怒られた、と傷ついてもう好きな気持ちを捨て去れるとか思っていたのかもしれない。
なにはともあれ、嫌いになることなんてひとつもなかった。
寒い部屋やのに、なんも言わんと2時間近くそうしていて、
わたしのために言葉を紡いでくれる戸波さんを嫌いになれるわけなかった。
泣き虫やから、全然落ち着かんと、ハンカチを握りしめるわたしに戸波さんは何度も
大丈夫やから。大丈夫。な?
たぶん俺双海の涙に弱いねん。○○(部下)やったら、舐めたこと言ってんちゃうぞ、てどやしたかもしらんけど。
双海に怒れるわけないやん。第一、怒る内容ちゃうし。悩みの内容やって、1年目が考えることをはるかに超えてる。
そう言ってはしきりにニコニコしてくれた。
戸波さんは夕方からメーカーさんがきて商談があるらしく、1時間半くらいがすぎた頃からしきりに時計を気にしていたので、
大丈夫です、もう行ってください、ありがとうございました、
と全然泣き止まん感じでわたしは言い続けていた。
いよいよ時間という時になって、
戸波さんは困った顔をしながら
まだ泣き足りんし話し足りんて感じやん?
帰り送ったるから、またそこで話そ?
ごめんやけどほんまメーカーくるからさ。
双海はゆっくりして落ち着いたら戻ってきて。
寒いで風邪ひくし、早めに事務所上がりや、
と言い、離れから消えて行った。
