「――っ」


下を向いた瞬間、突然クシャッと髪を撫でられた。

え? と思った瞬間、グシャグシャになった髪が顔を覆う。


「悪い。聞かれたくなかったか」


それと同時に、素っ気無い言葉が静かな部屋に落ちる。

だけど、どこか優しさをも感じる、その言葉が。


導かれるように顔を上げると、変わらず無表情で箸を進める朝比奈さんがいた。

その姿を見て、何故か泣きたくなった。

聞いてほしくなった。


静かな部屋に、時計の針の音が響く。

その音にしばらく耳を傾けてから、ゆっくりと口を開いた。


「……私、逃げてきたんです」

「――」

「よくある話です。付き合っていた彼氏を後輩に取られたっていう。それで、会社に居づらくなって辞めたんです」

「――」

「それで、アパートも引き払って、実家に逃げてきたんです」


ははっと自虐的に笑いながら、視線を伏せて一気にそう話す。

それでも、朝比奈さんは視線を上げる事なく、淡々と箸を進め続けた。