そんな私に気づく事なく隣に腰かけた朝比奈さんは、ビールを飲みながら横目に私を映した。


「なんで?」


黒目がちな瞳が私を真っ直ぐに射ぬく。

夜風が少し伸びた朝比奈さんの髪を揺らしたと同時に、シャンプーの匂いが鼻を掠めた。

それと同時に何故か抱き着きたい衝動に駆られて、慌てて目を逸らした。


「――…もともと、前の彼氏の為に伸ばしてたんです」

「へぇ」

「そろそろ結婚か~? とか勝手に思ってて、それで」

「――」

「今では、もう笑い話ですけどね」


ケラケラと笑った私を見て、朝比奈さんが何も言わずにビールを煽りながら中庭に視線を映した。

その視線の先を追うように見つめる。


ここに来たばかりの頃は、きっとこんな風に元カレの事を話せなかったと思う。

傷ついて、自暴自棄になって、逃げてきたんだから。

それでも、今は何も思わずに懐かしい思い出として話せる。

むしろ、笑い話のように。


きっと、そう思えるようになったのは、新しい恋を知ったから。

私の心の中に住む人が変わったから。

隣に、朝比奈さんがいてくれるから。