『どうしてここに? 仕事は? どこから来たの?』
例の下宿人について質問攻めをする私の言葉を聞いても、両親は揃って首を傾げて『さぁ?』と、とんでもなく恐ろしい事を言った。
大丈夫なの!? と問い詰めるも、楽天家でのほほんな両親は、あんないい人なんだから大丈夫の一点張りだった。
「大丈夫かな……」
朝食を終えて、玄関先にあった木のベンチに腰かけて呟く。
帰ってきて早々、前途多難だ。
――…結局、帰ってきたその日の夜、私が仕事を辞めた事を話すと、両親は揃って『帰っておいで』と口にした。
特に詮索をするわけでもなく、そう言ってくれたのはありがたかった。
きっと、私が言い辛いのを察してくれているんだと思う。
そんな些細な事に両親の愛情を感じて、何度も泣きそうになった。
その後、両親と話し合って東京のアパートは解約する事にした。
収入がない今、無駄に高い家賃を払うのも馬鹿らしいし、仕事も辞めたから東京に拘る必要もない。
それに、少しあの街を離れたかったのも事実。
あの街や、あのアパートには、彼との思い出が多すぎるから。
初めからやり直すには一度離れた方がいいように思えた。
荷物などを取りに一度は帰らなきゃだけど、なんだか気持ちがスッキリしたように思う。
「あ~あ、初めからやり直しかぁ~」
大きく背伸びをしながら、家の近くを流れる小川を見つめてそう呟く。
透き通った小川の水面は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
恐ろしい程ゆっくりと進む時間は、今まで過ごしてきた日々からは考えられない程穏やかだった。
景色も空気も流れる時間すらも、ここと私が住んでいた場所では正反対だ。



