「しーほ」


不意に名前を呼ばれて、顔を上げる。

すると、縁側に座っていた私を見下ろして微笑んでいた母がマグカップを差し出した。

その姿を見て、ふっと口元に笑みを浮かべてそれを受け取り、再び視線を前に向ける。


見渡す限り、何もない景色。

開けた田園風景がどこまでも広がっていて、遠くの方に山が連なっているだけ。

ここを飛び出したあの日から、何一つ変わっていない景色。

まるでここだけ時間が止まっているみたい。


東京でのコンクリートジャングルに囲まれた日々から考えたら、同じ日本とは思えなかった。

流行りの服も、話題のグルメも、連なって歩く観光客も、ビルも、信号も、電車も、バスも、何もない世界。

そんな場所に燃えるような夕日が差し込んで、世界に終わりが来る事を知らせている。