──── バレンタイン、だから。
「先いくね!」
と今日もまた小さな足で走り出そうとした杏果が持つ大きな布袋を掴んで今日は絶対に離さない。
「雨水くん?」
「椋」
「え、」
あ、今明らかに嫌そうな顔した。
「呼んで、椋って」
「雨水くん」
「むく」
「雨水くん」
「えぬゆーけーゆー」
「雨水くん!」
「はぁ、」
これじゃ俺がバカみたいだ。
いや、杏果の前じゃ相当バカだけど。
「あ、チョコ食べる?」
「……っ」
無垢な笑顔で右肩にかけた大きな袋をちらりと見る。
……… 鬼かお前は。
左手に持ったちいさい紙袋が本命だということくらいこっちは分かってんだよ。
と内心毒づきながら平常心を保って今年もこの言葉を唱えるんだ
「甘いのいらね」