不安と緊張を抱えたまま向かえた入学式。

緊張で顔が強張っている私と同じ新入生と、そんな私たちに笑顔で校内の道案内をするために立っている先輩たちに囲まれながらたどり着いたこれからお世話になる教室は階段を上った二階の教室で、中からは既に控え目な笑い声とお互い少し遠慮するような話し声が聞こえる。



上手くやっていけるだろうか。



そんなもう何度目かの怯える私にこれまた何度目かの大丈夫を胸の内で繰り返す。

東京でもそれなりに上手くやっていけたのだから。と不安で顔が真っ青な私に励ましの言葉をかけてくれた母の顔と声も思い出し、ばくばくと周りに聞こえてしまうのではないかと気にしてしまうほど鳴る心臓を落ち着かせ、きゅっと引き結んだ口と一緒にドアを、開く。



「……あ、えっと……」



ドアのガラガラと開く音に静まる教室に居たたまれなくなり思わず発した言葉はそんな情けない声で、教室に集まっている何人かのじっと私を見つめる視線に耐えられなくなって右へ左へ上へ下へと僅かに動く私の顔。



ええい。変に動くな私の顔。



そんな脳内での私を落ち着かせる突っ込みも虚しく、すぐに興味を失ったこれからお世話になるクラスメイト達は無慈悲にもまたお喋りを再開してしまう。




「…あ、一年生?机の上に名前が書かれた封筒があるから自分の名前が書いてある封筒の置かれた机で座って待ってて」



私が教室に入る前の喧騒を取り戻し始める状況に、神よお助けください。なんてそこまで信じていなかった存在にもすがってしまいたくなり、誰も助けてくれない状況に早くも東京が恋しくなり半泣きになりそうだった私に声をかけてくれたのは何やら作業をしていたらしく入ってきた私に遅れて気づいた女の先輩で、私は反射的に頷いて机の上に置かれた封筒を覗き込みながら狭い机と机の間を歩いていく。


といっても私の名字は『碇』。
つまり『い』から始まるのでだいたい出席番号で最初は決まっている席は前の方なのが定番であるし今回もやはり例に漏れず出席番号順に席が決められていたのですぐに前の方の席に自分の名前を見つけてなるべく音をたてないようにして座った。



こういうところで空気を読まない奴は一年無事にやっていけるかどうか危うくなるって私知ってる。



とりあえず教室にたどり着くという入学式第一関門は突破した事に安心してほっと息をつく。これだけで今日はもう帰りたい気分だ。というか帰りたい。






「なあなあ」






そんな風にぼんやりと一人考えていたら与えられた突然の接触に悲鳴をあげなかった私を誰か誉めてほしい。

と言っても声を出さなくともびくりと反応して勢いよく声の発信源の方へと振り向く私の挙動の一部始終を見たその原因となった隣の席の男の子は、私と目が合えばぱちくりと目を瞬かせて、その後ふはっと吹き出して笑いだしたのだが。



「やばい、笑いすぎて、お腹痛い」



何がそんなに面白かったのか腹を抱えてケラケラと笑う隣のまだ名前も知らないそいつは初対面の相手に対する遠慮というものを知らないらしい。
私はそんなそいつの反応にやってしまったという恥ずかしさで顔を林檎顔負けの赤に染め上げているというのに。



「ちょ、待って、ツボった」
「ちょっと待ってはこっちの台詞なんだけど!」



顔を真っ赤にしながら少し大きな声で抗議する私の声はちゃんと聞こえているだろうに一向に止まる様子のない笑い声。
遠くから不思議そうにチラリとこちらに時たま向けられる好奇の視線は私の羞恥心を煽るだけ。



誰か助けて。



残念ながらそんな私の心の叫びを察して動いてくれる友達はこの地にいないのであった。