「あっっっつい!」
「ちょっと暑いとか言わんで!さらに暑さが増して感じるようになるやろ!」


そうして「黙って手を動かせ!」と付け加える百合の言葉に「だって暑いんやもん!」と文句を言うのは慶で、晴はとっくの昔にあまりの暑さに物言わぬ屍状態になっていた。


7月の上旬。あと少しで夏休みだと喜ぶ学生の前に立ちはだかる定期テストの勉強に、部活動が試験休みに入った彼らとともに誰もいなくなった教室で取り掛かっているもののご覧の有り様である。


「あー。アイス食いてえ……」
「さっきも食べたよね?」


今日何度目かの慶の言葉に思わずツッコミをいれるとそんな私に何か返事をしようと口を開いた慶から言葉が発せられる前に百合の掴んだポッキーがその口に突っ込まれる。


「これでも食っとけ」
「チョコ溶けてる。冷たくない。喉に当たって痛い」


文句は言うもののそのまま一本食べたかと思うともう二本目を食べようとする慶は驚くことに頭は悪くない。

むしろ良い方で、中間試験の時に私より良い成績が書かれたテストの点数を見て思わず二度見したほどだ。



曰く



『普段あんな態度とっとるけん成績だけでも良くしとかないけんやん?あと教科書に全部書いとる』



らしい。なんとも腹が立つ言葉である。私なんて一生懸命勉強してやっと中の上くらいなのに。
百合はだいたい私と同じくらいの成績で、晴は文系はトップクラスの成績だが理系は中の下くらいらしい。


「どうやっても答えが合わない……」


さっきから苦戦している問題に心が折れて私もお菓子食べようかな、と現実逃避しそうになるが百合は未だ黙々とテストに向けてついでに出された課題をやっているしとギリギリで踏みとどまり、もう一度挑戦するもやはり合わない答え。


「……見してみ。どこが分からんの?」


そう言いながらひょいっと私のノートを奪いとるとじっと見つめたあとに私の隣に椅子を持ってきて腰をおろす。


「シャーペン借りるな」
「う、うん」


私の返事に私の持っていたシャーペンを今度は慶が使って、ノートの問題と教科書をいったり来たり、時たま途中式に分かりやすくメモ書きをしてくれたりする。


近い


正直頭に慶が喋る解説内容が半分も入ってきてない。
いい匂いがする。とか僅かに伏せられた睫毛が長い。とかシャーペンを持つ手が男らしくも綺麗。とかどうでもいいような情報ばかりが目につくのだ。



「で、ここ計算したら。答えと一緒やろ?」
「え?あ、ほんとだ」



いつの間にか慶の文字で埋められた1ページは私が解けなかった問題を簡単に教えてくれる教科書のようになっており、私が「すごい。ありがとう」と思わず声に出すと隣で慶が「どういたしまして!」と得意気に笑った。