あの日、高校入試が4ヶ月後に迫っていた日。

親に勧められて通いはじめた塾からの帰り道、バス停までの道のりを歩いていたとき。


「あの……」


遠慮がちに肩をとんとん、とされて、その声が私に向けられたものだと気付く。


「これ、落としましたか」


なんのことだ、とか、お礼を言わなきゃ、とか。

そんな思い一気に吹き飛んだ。


背が高くて、切れ長の目が冷たい印象を与えるその人。

低くてかすれた声と、差し出された大きな手。


目が合ったほんのわずかな瞬間に、ずっとずっと、私はきっとこの人に出逢うため生きてきたんだと、錯覚しそうで。