少し間を空けた後、くるりとこちらを向いた正義は口の端を上げて笑った。


「今更、確認しなくても。アンタは俺に留年して欲しかったんだろう?」


「え?」


「大丈夫、あの日の約束は忘れてないよ」


まるで正義は私が全ての事情を知っているかのように話し掛けてくる。
約束だとかその内容は少しも分からないけれど、いや、ーー分かるんだ。
村山真凛は正義が留年した理由を知っているのだ。


「私との約束なんて、忘れていいのに」


適当に返す。
昨夜の様子だと、きっと、真凛はもう学校に来れない。真凛との約束なんて、もう無効になっているはずだよ。




「俺のことが好きなんじゃないの?」


窓に寄り掛かり、腕組みをして正義はじっと私を見た。


「それとも、晴人に戻ったの?」


いつものからかい口調ではなく、ピリピリとした空気からその真剣さが伝わってくる。


いつも彼の軽口に強気で言い返せることは、正義が言い易い雰囲気を作ってくれていたからなんだ。そう初めて気付く。


今の私に、返す言葉などひとつもない。
けれど、分かったことなら、
ーーあるよ。


だから、ゆっくり答えを返す。


「私は、正義が好き」