やっと陸斗にも優月くんの奏でる音の良さがわかったんだね。



あたしも陸斗と並んで優月くんの演奏に耳を澄ませた。



あっ、今ハ長調からイ短調に変わった。



優月くんの音を何度も聞いているうちに音が変わる瞬間もわかるようになった。



でも、陸斗はイ短調に変わった瞬間に優月くんの演奏に興味を無くしキャンパスに向き合ってしまう。



「やっぱ、ユヅの演奏は無理だ。オレは聞いていられない。」



陸斗はイ短調が嫌なのかな?



たしかにイ短調は他の長調に比べると暗い感じがする音だけど…。



よほどこの続きは聞きたくないのか、陸斗は耳にイヤホンをして絵に没頭してしまう。



それどころか、優月くんの演奏に耳を澄ませる前まで持っていた水色の色鉛筆も黒に持ち替えてしまうほどだ。



「やめろっ。やめてくれ」



そう言いながら陸斗がせっかく描いた色とりどりの絵まで真っ黒に塗りつぶす。
なにかと格闘しているかのように。



「恵美、もうピアノはやめてくれ。オレを独りにしないでくれ。」



黒い絵具がついた筆を持った手で陸斗はあたしを強く抱きしめる。



あたしがどこにもいかないようにと強く、強く…。