真っ直ぐに進む船。
海を切り開くかのように進んで行く。
私もこの船のように人生を進んで行くことができるのだろうか…。

船内から海の様子を見て考えていた。気がついたら、もう港が見えている。
そこへ船内放送が入った。
もう佐渡ヶ島に着くという。1時間ちょっとで行けるというのは本当だった。

船を降りて一番先に感じたのは、潮の匂いだ。耳には優しい島の民謡だろうか、流れてくる音楽が心地良く、心に浸透していく。
そうして、佐渡ヶ島の空気を胸いっぱいに吸い込んでハッとし息を吐く。
今夜の宿をまったく予約していなかったことに気がついた。もうすでに六時を過ぎている。

「まさかの野宿?」

思っていたことが、思わず口をついて出た。

フェリーを降りたところで、観光案内所の看板を見つけ、私は急いで駆け込んだ。

「すみません。宿の予約って今から取れますか?」
「こんばんは。今お調べいたしますね。お掛けになってお待ちください。」

案内所の男性担当者は、そう言うとクリアファイルをめくって調べ始めてくれた。

「お一人様ですよね。ご希望とかございますか?場所とか、ホテルや旅館など。」
「いえ、特には。佐渡ヶ島に来たの、初めてなんです。」
「そうなんですか。ようこそいらっしゃいました!お調べしますね。お待ちください。」

その時、案内所に別な男性が入ってきた。
20代後半だろうか、無造作なヘアスタイルにTシャツとジーンズ姿の男性だ。

「佐藤さん、お久しぶりです。今日はどうでした?」
「おう!若だんな。今日はどうしたんだね。」
「若だんなはやめてくださいよ。今、お客さんを送ってきたんです。」
「あっそうだ。涼太郎、お前さんのとこは満室か?」
「いや、部屋は空いてますよ。お客さんが今帰ったとこなんでね。」
「いや、こちらのお客さん、佐渡が初めてだって、宿を探しとってさ。もしよかったら、涼太郎のとこで頼めんかね。」
「あぁいいですよ。こちらさん?」

そう言うと、私の方を見て声をかけてきた。

「今からだと大したご馳走ができませんけどよかったら、うちへどうぞ。」
「泊めていただけるだけで助かります。」

佐藤さんと呼ばれている担当の男性は、ファイルを閉じながら、笑顔を向けてきた。

「じゃあ決まりやね。お客さん、見つかってよかったね。」
「はい、助かりました。」

私もホッとして、笑顔になった。

「お客さん、じゃあ行きましょうか。」
「あっ、はい。」

私が返事をすると、『涼太郎』とか『若だんな』とかと呼ばれる男性が私の荷物を持って案内所を出て行こうとする。どこの宿なのかも全く説明なしなので、少し不安になった。

「どうぞ、佐渡の観光を楽しんでくださいね。」
「お世話になりました。」

案内所の人の良さそうな男性に見送られ、不安ながらも若だんなの後を追った。

「じゃあ、助手席に乗ってください。」
「はい。」

止めてあったバンには、『民宿 二つ亀』と書いてある。車のドアを開けると、ここもまた潮の匂いがした。
エンジンをかけ、車を走らせた。汽船乗り場を出てしばらく道なりに走った。
車に乗ってから無言だった若だんなが、急に口を開いた。

「お客さん、何しに佐渡に来たんですか?」
「いえ、特には。」
「失恋したんですか。」

この男に唐突に聞かれ、私は絶句した。

「やっぱり。そうでないと若い女性は夏以外来ないんでね。この島は良いところですよ。うちは温泉もあるし、ゆっくりしてってください。」
「…。」

失恋という言葉に心が反応した。心臓がどくんと大きく鳴った。それにしてもこの男、人の痛いところを突いて来たので、デリカシーのない男だと思った。
私は、涙が出そうになった。そんな姿を見られるのが嫌で、ずっと無言で窓の外を見ていた。

どこまで行っても、運転手側は海。助手席側は山。夕陽が山側に沈んでいくのが見える。地平線がきれいなオレンジ色に染まっていく。
私の恋もこうして沈んで行った。何を見ても悲しく感じる。そんな気持ちを吹っ切るために来たのに、これじゃあ意味がない。

「お客さん、せっかく良い景色を見に来てるのに悲しいことを思っていたら、気持ちが癒えませんよ。」
「…。私には私のペースがあるんです。」
「そうは言っても、お客さんはネットか何かで佐渡を見て来たんでしょう。『誰も私を知らない所に行こう』と思って来たんですよね。海の写真とか、美味しい海鮮料理なんかを見たんでしょ。だったらそれを堪能した方がいいですよ。」

こっちの顔を見ずに、言い放ったこの男の言葉に腹が立った。でも、嫌悪感みたいなものはないのが不思議だった。でも、何も言わずには済ませなくて、私も口を開いた。

「それはそうですけど、若だんなさんにそこまで言われる筋合いはないです。」
「そうかもしれませんね。」

そう言うと、若だんなはそれっきり黙ってしまった。