「別れてくれないか…。」

遅れて来た篤志は、待ち合わせたカフェの席に着くなりそう言った。
彼の表情は暗い。
普段は、イチゴ色したくちびるが今日に限って変な色になって乾いているみたい。

「え?」

私は、訳がわからずにぽかんと口を開けていた。
それからすぐ、今日2人行くはずの所を思い浮かべた。

「今日は指輪を見に行って、それから…。」

そう言うと、真っ直ぐに私の方を見た。

「オレ、よく考えたんだ。やっぱり結婚とか無理だわ…。本当にごめん。」
「え…。」
「それにもう別れたいんだ。ごめん香奈子…。」

篤志は、私の言葉を遮るように言い、そのまま下を向いた。

その時、喫茶店のドアが開いて鈴の音がした。
その瞬間、私の止まっていた思考が動き始め、篤志の言ったことが理解できた。
別れたいと言われたのだ。

グラスの中の氷が溶けてコトッと動いた。そそう拍子に水滴が流れ、テーブルの上についた。
それを見て、私はやっと口を開くことができた。

「結婚しないし、別れるってこと?」

私の言葉に反応して、篤志は私を見た。

「あぁ、本当に悪いと思ってる。」
「なんで?どうして急に?昨日、電話で話した時はそんな感じじゃなかったじゃない。」
「ずっと考えていたことなんだ。」
「だって、プロポーズしたのは篤志じゃない。気持ちが変わったの?」
「……。」

篤志は、黙りこくって、また下を向いてしまった。
周囲はみな楽しそうなのに、私達の席だけは違っていた。
私は、黙り込んでいる篤志の姿を見て、気持ちが引いていった。あんなに好きだった気持ちはどこへ行ってしまったのだろう。

「わかった。別れてあげる。さよなら。」

そう言うと、私は、すぐに立ち上がった。
結婚雑誌や式場のパンフレットを全てその場に置いて、1人で店を出た。
歩きながら涙が自然とあふれ出る。
ここ数分のことが、まるで春雷のような出来事だった。

私は、小さい頃から泣いたら負けだと思っていた。
だから、人前では絶対に涙を見せないようにしてきた。
それなのに、今日はその涙を止めることができなかった。
悔しい気持ちと、理不尽に思う気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃになっていた。

篤志からのプロポーズを受けた時、
「こんな私でも必要としてくれる人がいるんだ!」
と、本当にうれしかった。
それなのに、こんな訳のわからない結末になるなんて思ってもみなかった。
私は涙をぬぐうと、早足で街を通り抜けようとした。
惨めすぎて、消えてなくなりたかった。