1

 無数の金塊のような、それでいて卑しさのない純朴な光がたゆたっていた。

 川原の水面のを上を、金色の光が撫でて行く。
 つぶさに視線をさまよわせると、貴方の朱色の髪が見えたのだ。

 僕の弱々しい肩は脈打った。隣りに貴方がいたからだ。

 僕は今から死のうと思っていた。
 何を思い立ったのか、こうして死ぬ寸前を丹念に描写していたのだが……。

 僕は原稿用紙を持ったまま、突っ立っていた。

「ねえ、これ小説だよね」

 貴方はそう言ったのだ。

 いいえとも、はいとも言えず。

 僕は貴方の凛々しい顔をただただ見ていた。

 夕焼けの光を浴びた茶髪は、朱色の光を帯びて毛先は金色の糸を引いていた。
 わたあめのように、ふんわりとしていた。
 頬はりんご飴を思い起こさせた。

「すごく、綺麗な文章だね」

 それは、貴方が僕に生きる意味をくれた瞬間。

 そして、死ぬ意味もまた、その時に手に入れたのだ。

 生の女神が僕に微笑みかけた。
 けれど、僕の背中には暗い影が射していた。
 タナトスが、僕の背後へと常に鎌を突き立てていたのだ。

   2

 僕というのは時代錯誤な人間だ。

 家族全員、昭和から引っ張って来たような人物ばかりなものだから、僕自身もそうなってしまうのは致し方ないことだろう。

 こうして、独白すらも昭和の文豪を想起させてしまうあたり、僕も時代がかっているとは思う。

 けれど、もうこれは十数年をかけて培ってしまった物だから、変えようもないし、また変える気もない。

 齟齬の多い生涯を送ってきました。
 恥、とはしないのは、僕はそれを恥とも思わないから。
 だから、齟齬。

 僕と世界はちぐはぐだ。
 古風なしゃべり方をする僕は、世界という機械に入るには歯車がちょっと大きすぎた。
 いや、歯車を持ち出す辺り、すでに古いのか。
 今はもっと複雑な機械を使うのだろうか、皆目見当もつかないが。

 ひっそりと教室の端で、つまらない思考を遊ばせていると、ふと、クラスの真ん中にいる女の子に目が行った。

 名前は知らない。
 だけど、文芸部だということは知っている。

 あの子が、
 あの川原で、

「貴方、どこの高校を受けるの?
 一緒の高校だったら、文芸部に入らない?」

 と言ったのを覚えている。

 僕はしどろもどろだったのだが、思わずうなずいた。

「お嬢さんは、どこの人です」

 よくからかわれた口上に、貴方は顔色も変えなかった。

「あっち」

 スカートをひるがえしながら、貴方のピンク色の指先が指したのは、僕の家の方向の反対側。
 大きな川を隔てて、この小さな橋が僕たちをただ、結んでいたのだ。

 それにしても、家が同じ方向だったら、一緒に帰るつもりだったのだろうか。

 そんな気はなかったと受けあえる。
 ただただ、この女の子が何者かを知りたかった。
 事によると、僕を連れに来た天からの使いかもしれないからだ。

 けれど、貴方が天ではなく、横を指し示したから、ようやく貴方が生身の人間だと分かった。

 ――知らぬ間に、僕は原稿用紙へと文字を落としていた……。

 授業のベルが鳴る。
 明日こそ話しかけよう。

 きっと、彼女は忘れているだろうけれど。

 僕はそう思いながら、筆を置いた。

「太宰君」

 僕を呼ぶ声があった。
 
 僕の名前、日佐島太宰。

 太宰治から来ているらしい。

「はい、何でしょう」

 僕は声の方向を振り返り、固まった。

 夕焼けに染まる空にとけ込むような、自然な色の茶髪がふんわりと揺れている。

「覚えてる?」

 ええ、ええ、僕が聞きたかった。
 覚えていますか、と聞きたかった。

 僕はそっと頭を縦に振った。

「覚えています」

「そっか」

 りんご飴が一層赤く綻んで、わたあめはまた、ふわりと揺れる。

「文芸部来ない?」

「か、考えています」

 僕の頬の赤さと言ったらどれほどだっただろう。

 なぜ、考えています、などと言ったのか。

 僕は不思議に思いながら、鞄を持って走り出していた。