時は放課後。
 と言っても今日は部活が無いため、私は親友を屋上へ呼んだ。
 「・・・中学校で屋上に行けるとか、物語じみてる」
 一人で空を見上げ、一人呟く。しばらくして、重い屋上の扉が開く音がした。
 「梓、ごめん!…待った?」
私にそう言う親友、沙羅に「ううん、待ってないよ」と告げる。
 「どうして、私が沙羅を呼んだか、判ってる?」
「う~ん、わかんない」
私が聞けば、ふにゃって笑う沙羅。私は大きく息を吸い、怒りをぶつけた。
「私を主人公に物語を書くなあぁぁぁぁぁぁああああ!」
 隣で沙羅が耳を塞いでいたけど知らない。強風が、私達の髪を弄ぶ。それでも私はお構い無しに、真っ直ぐに沙羅を睨み付けている。
 沙羅は、サイトに小説を投稿している。大分前から書いていたけど、最近初めて文庫化してしまった。その物語の主人公の名前は、「アズサ」だったのだ!
 沙羅の書いた小説は意外と沢山の人に読まれてて、「モデルって梓ちゃん?」と訊かれたりもした。色んな人が向けて来る、好奇心に満ち溢れた瞳。それがあまりにも多くて、こっちが恥ずかしくなってしまった。
 因みに当の本人は、私の目の前で相変わらずへらへら笑っている。
 「ごっめ~ん!梓、歌上手だから、今回の主人公のイメージ通りだったのっ」
 少しムカついたからそっぽを向いてみると、沙羅が慌て出した。それが面白くて、クスクス笑う。

 時が流れ、沙羅と下校中。私が盛大に溜め息を吐いた。
 「あ~あ、また物語に近づいて来ちゃった。物語とは程遠い、そんな日常ないかなぁ?」
 私がそう愚痴れば、今度は沙羅がクスクス笑った。俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに私を見て笑っている沙羅。その笑顔は綺麗で、儚げで、哀しみを帯びているように見えた。
 「残念だけど、それは無理」
 鈴を転がした様な可愛らしい声で、沙羅は言った。
 「私達“作家”はさ、この世界の出来事から物語を書いてるの。だから日常が物語に近づいて来る事は仕方ないの。実際は、物語が日常に近づいて行く、だけどねっ」
 丁度分かれ道に来た。沙羅は「バイバイ」と小さな手を大きく振った。私も手を振り返した。