宮前は、本崎和也というミステリー作家を知らない。

事務所の取締役で、先輩である石川の仕事相手であり、知り合いだという程度の認識だ。

崎本和という女性についてはどうか?

それも、知らない等しい。

家の場所と、部屋の間取りと、白と赤のインテリアと、車に乗って眠ってしまった横顔。

そんなことは知っているのに、基本的なことは何も知らないのだと、何故だか今頃になって不思議に思った。

「…先輩、本崎和也って、デビューいつですか」
「なんだよ、急に。ていうか、知らないのかよ。3年半くらい前、18歳でデビューしたんだよ」

石川が立ち上がったかと思うと、自分のデスクの横にある棚からハードカバーの本を持って戻ってくる。

「それがデビュー作」
「"外套の中"」
「そう。結構くるぞ、それ。最初知ったときは18歳でこんなの書くなんてって思ったけど、会って納得したよ」

ミステリー作家という肩書きと、宮前の知っている彼女のイメージはいまいち一致しない。
この間あったときの、春を感じさせる爽やかな装いのせいかもしれない。

黒っぽい写真に、埋もれそうな霞んだ白い文字でタイトルが刻まれた装丁とは結びつかない。

「昔は童話とか、恋愛小説も色々書いてたらしいけどな。出版に至ったのはそれが最初で、その後はミステリーしか書いてない。いや、かけてない、って感じだな」
「かけてない?」
「今もそれで進行ストップしてるんだよ。まあ、俺としては無理する必要もないと思うけどな」

石川がふいに、切なげな顔をした。