「くっらいなー、お前」

いつの間にか石川が隣の席まで来ていた。

「納品ラッシュで死にかけてるんで」
「今週は悪かったな。お疲れ」
「久しぶりだったんで、体力落ちてるのを実感しました」

あまりのぐったり振りに、石川は苦笑いだ。

「今日は直帰かと思ってましたけど、急ぎですか」
「ん?ああ、今日は打ち合わせが思うように進まなかったから早めに飯食って解散したんだよ。本崎先生の仕事、しばらくストップになったし」
「…へえ、そうなんですか」
「色々あってな。今は本職のミステリーしか手がつかないからって」

宮前は手元の携帯電話をちらっと確認して、それからコーヒーを飲んだ。


「そういやお前、和ちゃんのお願い断ったって?」
「はい?」
「絵、頼まれたんだろ?」
「ああ、まあ」

歯切れの悪い返事なったのは、和からは誰にも内緒で、と最初に言われていたからだ。それを石川が知っているのは、どういうことなのか判断がつかない。

「描いてやればよかったのに」
「そう簡単に言わないでくださいよ」

絵本のイラストなんか、描いたことはない。最近は専らデジタルだし、ウェブの仕事が多かっただけにアナログなイラストだけの仕事はほとんどない。

「おいそれと引き受けるには、思い入れが強すぎます」

ため息交じりに呟くと、石川が不思議そうな顔をした。

「そうか?小学生の頃にみた思い出の絵の新作がほしい、なんて、可愛らしいファン心理だろ。まあ、デザインで食ってる身としては、安請け合いしないのが正解だけどな」

そんな話だっただろうかと、宮前は眉を潜める。
小学生の頃にみたというのは、恐らく年齢的にそうなのだろうが話は全然違う。