この部屋には、ベッドというものはない。
加えて言えば布団と呼べるものもなく、
厚手の毛布が2枚とブランケットが3枚、ソファや机の脇といった部屋主が寝転がる場所に点在していて、どれかがその都度の寝床となる。
眠る時間は22時から2時の4時間。
起きてすぐに机に向かい、仕事をしたり本を読んでいたりする。
食事は思い出したらする。体内時計に従って動く。
そして大体21時頃から食事、入浴とあわただしく済ませ、22時に就寝する。
これが、新進気鋭といわれる若手ミステリー作家、"本崎 和也"の生活スタイルだ。
「あー、そろそろ出かける準備しなきゃ」
午前10時に打ち合わせ。ただ今8時半。
シャワーを浴びて、冷凍してあるパンを食べて、家を出る。
クッタクタだった汚い身なりは一変して、
さらっと左側に流した髪が春の風になびき、
スモーキーブルーのサマーニットと、グレージュの細身のパンツが爽やかさを演出する。
駅まで徒歩20分を歩いて、途中で喫茶店によって、それから10分前には打ち合わせ先に到着する。