桜が咲いていた。


古びたブロック塀の上から、白っぽい桜の花びらが舞い散っていた。

その花びらを、プラスチックの箒でかき集めていた男の人は、掃除をしているというより遊んでいるようにみえた。


「…あの、ちょっと、いいですか?」

声をかけたのは、別にナンパをしたい訳ではない。

ただ、道に迷っていたのだ。


祖父母が眠る霊園の近く。

駅から霊園の間に小さな商店通りがあると聞いてあるいていたのに、いつの間にか住宅街に迷い込んでいた。

生憎にも携帯電話の充電は既に切れていて、地図もネット検索もできない状況で、見つけたのが住人らしきその男だった。


「はい?」
「あの、このあたりに、お花屋さんがあると聞いたんですけど。知りませんか?」
「花屋なら、ここですけど」
「え、」

思わず左右を見渡すと、男の人は箒を持ったまま手招きをした。

「その角曲がってそっちが店の入り口。ここは家の玄関」

ブロック塀の角の先、白と紺のオーニングの下に、ブリキの水入れが並び色とりどりの花が並んでいた。

その角の花屋を皮切りに、奥には商店が連なっている。


「贈り物?」

思いがけずに見つかった目的地に少し呆けていると、裏の住宅とは全然雰囲気の違うマリン風の店先に男の人が立つ。

缶の中の切花を少し触ってから、プラスチックの箒を扉の裏へたてかける。
日本家屋風の住宅に似合わない白の柄と毛先が緑色の箒は、店にはよく似合う。

「あ、はい。えっと、百合の花束を」
「どれくらいのボリューム?」
「えっと、そうですね、」

大体の予算を伝えると、笑顔で頷いて店の中へ入っていく。

それに続いて中に入ると、調整されている少し涼しい空気と、むせ返りそうなほどの花の香り。

甘くて、酸っぱくて、青くて、土っぽい。