肌触りのいい革のシートは、凭れると包み込まれるような安心感がある。

あぁ、やばいな、という理性は一瞬前まできちんと和の中にあった。

けれど、体内時計と飲んだ酒が、それをどこかに追いやってしまった。


「本崎先生、起きてください」

揺さぶられて、僅かに目を開ける。

「今…何時…」
「は?いや、えーっと、11時?」
「なんだ…」

和の体内時計的には、あと3時間は睡眠時間だ。
心地よい車の揺れとシート。
そして3杯分のカシスオレンジが和を眠りに誘った。

「いや、寝るなよ!」
「ぅえっ?」

耳元で叫ばれて、今度こそ目を開く。

目に入った暗い住宅街を切り取っているフロントガラスと、渋い顔をしている宮前の顔に和は深く凭れていたシートから身を起こした。

「…宮前さん、私、今、」
「寝てました。この10分足らずの時間で」

思わず両手で顔を覆ってから、車内ではあるができる限り背筋を伸ばす。

「…失礼しました。車の揺れに弱いもので」
「酔うタイプでしたか?」
「いえ…すぐ眠くなるタイプです。普段はどうにか耐えるんですが、今日は酔っていたので」

すっかり眠気も酔いもふっとんで、和は深々と頭を下げる。

「とにかく、失礼しました。送っていただき、ありがとうございました」

そう言って逃げるように扉を開ける。
そう、すっかり、吹っ飛んでいた。

「あ、ちょっと、」

宮前が慌てたが時既に遅しだ。

勢いよく飛び出したアパート前の歩道で、和は中途半端な姿勢で足の痛みに打ち震えた。