「宮前さんが学生の時に書いた絵のファンで、なにか描いてくれないかってお願いです」
これは、石川に協力を頼むために考えていた言い訳だ。
「宮前の学生時代の絵?」
「はい。3年生の時の展示のやつで。小学生の時にたまたま見て、祖父にねだってポストカードまで買ってもらいました」
「へえ、あるんだね、そんなこと」
宮前を見つけたのは、本当に偶然だ。
石川のことを紹介されて、事務所名をみて思わず二度見するくらいには驚いた。
「宮前はああ見えて優しいから、断ったのはよっぽどの理由があったんだよ」
「…そうですね」
田上が勝手に頼んだカシスオレンジの追加がきて、もう一度時計をみると今から帰っても10時には寝られない。
目に見えてげんなりしていると、石川が苦笑いをする。
「和ちゃん、その生活でよく平気だよね」
「10時から2時なんざ、一番盛り上がる時間じゃねえか」
「田上さん、それ、セクハラですからね」
いつものことだが、田上はオブラートという言葉を知らない。
「俺がその年のころなんか、昼夜問わずだったけどな」
「そんな人が児童書の伝説の編集者だなんて…」
げんなりして呟くと、石川が楽しそうに笑う。

