夜10時に寝るのが生活スタイルになっている和にとって、時間が遅くなる「飲み」というのは天敵だ。
なんとか9時過ぎにはいつも脱出するのだが、全ての事情を知っていて邪魔をしてくる人間がいる。
「ほら、和、もうグラス空だぞ。次なに飲む」
「…もう9時過ぎたんで、帰りたいんですが」
「まだ30分しか経ってねえだろが」
「田上さんが30分でいいからって無理やりつれてきたんじゃないですか」
目の前のグラスを問答無用で取り上げられて、「同じの!」と田上が店員に叫ぶ。
出版社にこの居酒屋は、田上が仕事帰りによく飲んでいる店だ。
「田上さん、和ちゃんそんなに強くないんだから」
「飲まなきゃ強くもならんだろ。酒は適度に覚えておくもんだ」
そう言ってニヒルに笑う。
そんな悪い顔をしていたら、担当作家が夜逃げするんじゃないかと思うが、田上は児童書部門では知らない人はいないほどの編集者だというから人は見た目じゃない。
「石川さん、今忙しいんじゃないんですか?」
「俺の持ってる案件はそうでもないよ。宮前のとこがひーひー言ってるけど」
そんな忙しい人に時間をこの間は随分拘束してしまった気がして、和は居たたまれなくなって頭を下げた。
「この間はありがとうございました。おかげで、お話は聞いていただけました」
「結局なんだったの?宮前との話って」
色っぽい話?と冗談ぽくいった石川の言葉に、田上が食いついた。
「和もいよいよ男か」
「違います!ちょっとお願いしたいことがあったんですけど、断られたんです!」
「お願いごと?」
絵本の話は、誰にも話したことが無かった。
それに、この2人にはあまり知られたくない。

