「あの…昨夜は本当に何も…なかったんですよね?」
「何かあったほうがよかった?」
「な…っ」
膝に頬杖を着き、司がにこにこと無邪気に言う。
「それならそうと言ってくれれば、俺だってそれなりに…」
「いえ、いいんです、何もなくてっ」
美桜は慌てて司の唇に手を当てる。
これ以上、聞いていられない。
司は目を細めると、美桜の手首を掴み、そっと自分の口から離した。
「何もないって、安心しなよ」
「は、はい…」
「まぁ、キスはしたけど」
「…なっ」
そこは覚えてるよね? とわざわざ思い出せとばかりに司が美桜の瞳を見つめる。
悪戯な笑みは美桜の心をくすぐった。
「…しましたっけ。飲みすぎてたのか覚えてません」
だめだ、これ以上一緒にいると確実に絆される。
上司と部下の立場を保たなければと理性が働いて、美桜は立ち上がる。
「どこ行くの」
「帰ります」
自分のバックを探そうとすると、司の手が伸びてきて美桜を捕まえる。
ドキッとして立ちすくむと、手を引いた司が美桜を呼びよせた。
向き合ったまま涼やかな視線を向けられて、心臓が跳ねた。
掴まれた手首が痛い。

