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歩くこと、およそ五分。目的地のコンビニに着いた。冬の空の下、コート一枚羽織っただけの体はすっかり冷えきってしまっていた。
歯をカチカチ鳴らしながら、コンビニのエントランスを抜ける。買い物カゴを右腕にかけ、メモにあるリストを確認しながら店内を回った。
「ええっと……あとは食パンか」
口に出して確認し、パンのコーナーへ向かう。真っ先に私の目に入ったのは食パンではなく、半額になった好物のやきそばパンだった。
財布の中身をゴソゴソと確認する。うん、お金は余ってる。大丈夫だ。そう思い、カゴに入れようと手を伸ばした瞬間……。
「それ、美味いよな」
私の思考は、一瞬にして固まってしまった。
その声はこの一週間、私が何度も何度も脳内で削除しようとしてはリプレイされた音。
何かに引っ掛かるけど、思い出せない奴の声。
…… まさか、逆恨み? ううん、こんな公共の場でそれはない。大丈夫、落ち着け。
とりあえず、私は無視を決めた。これ以上、事を大きくしたくなかった。
しかし……。
「あめくおとはー!」
「!?」
奴は私のフルネームを、軽々しく店内に響き渡る声で呼んだ。事を大きくしない計画、見事失敗。
ていうか……。
なんなの、こいつ!?
アホなの? 馬鹿なの? 糞野郎なの!?
てか、なんで本名知ってんだよっ!!
ツッコミどころ満載で、私の脳内は軽くパニック状態だ。
しかし、そんな私のことなど気にも止めず、彼はもう一度息を大きく吸った。
「あーめーくー……」
おいおいおいおい、もうやめろよっ!!
「おーとーっ、むぎゅっ」
名前を言い切られる前に、私が思いっきり奴の顔をつねったので、彼の口が閉じた。ひとまず安心。
後になってから、逆恨みされる可能性が高まるのではないかと気づいたけれど、こればかりは許してほしい。
「あの」
私は彼の頬を握る手に、より力を入れて言った。
「ちょっと静かにして頂けますか? お話は後で伺うので」
その場しのぎの策としてそう説得させると、彼は満足そうにニコニコ笑った。
